新時代のエンタメ舞台裏~ヒットにつなげる旗手たち~ #16

紅白プロデューサーが目指すNHK音楽番組の未来。YOASOBI、B’zのスーパーパフォーマンスが生まれた舞台裏とは?

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 日本の音楽・映画・ゲーム・漫画・アニメなどのエンタメコンテンツが、世界でも注目されることが多くなった昨今。本連載は、さまざまなエンタメ領域の舞台裏で、ヒットを生む旗手たちの思考を noteプロデューサー/ブロガーの徳力基彦氏が解き明かしていく。

 今回、徳力氏が対談したのは今年放送100年を迎えたNHKで、紅白歌合戦など数々の音楽番組を手がけてきたNHKプロジェクトセンター エグゼクティブプロデューサー 加藤英明氏。テレビ視聴率の低下やストリーミング普及による音楽業界の激変の中、NHKの音楽番組は何を守り、何を変えようとしているのか。デジタルやグローバル展開への取り組みを聞いた。

 前編では近年、ハイライト動画をYouTubeやSNSにアップするなどデジタル活用に舵を切り始めた紅白にフォーカス。エンタメが多様化するなか、紅白の唯一無二の価値はどのように生み出されるのか? YOASOBIやB’zのスペシャルパフォーマンスの舞台裏にも迫る。
 

紅白を「シェア!」


徳力 加藤さんとは昨年、世界を席巻する日本の音楽アーティストの現在地を描いたNHKスペシャル『熱狂は世界を駆ける~J -POP新時代~』(2024年12月22日放送)にコメント出演させていただいた際にご縁をいただきました。この番組が示すように、NHKは最近、日本人アーティストの海外進出の取材に力を入れているほか、YouTubeの公式アカウント「NHK MUSIC チャンネル」やSNSの活用にも動いている印象があります。

世界の音楽シーンを見渡しても、紅白歌合戦(以下、紅白)をはじめとする地上波放送の影響力がこれほど残っている日本は珍しい存在だと思います。ガラパゴス的なところがあり、私は日本のエンタメがSNSやデジタルを使って世界に広がってほしいと願っているのですが、その意味で2022年末の紅白歌合戦のハイライト動画が、期間限定とはいえ「NHK MUSIC 」のYouTubeや公式SNSで公開されたのはとても印象的でした。どのように実現したのでしょうか?

加藤 紅白の視聴率は2021年末に放送した第72回が歴代ワーストとなり、視聴率が下がり続けることへの危機感のなか、どうすれば多くの人に観ていただけるかを、制作を担う私たちは必死に考えました。デジタルを使った若い世代への発信はその一環です。

ただ、NHKのインターネット活用業務は放送法や施行規則、実施基準によって厳密に定められており、あくまで放送を任意で補完し、受信料収入で成り立つ放送番組を国民に還元する目的が前提にあります(※)。そのためYouTubeの動画も放送に向けた「周知広報」や、受信契約のある方を対象とした同時・見逃し配信サービスの「NHK +」への誘導という用途に限られ、「NHK +」での配信終了と同時に、インターネット状の動画も削除する方針になっています。

※編集部注※
2024年5 月、番組のインターネット配信を従来のテレビ放送を補完する「任意業務」から「必須業務」に格上げする改正放送法が成立。全番組の同時配信・見逃し配信、番組関連情報の配信を原則必須とした。NHKは2025年後半からの必須業務開始に向けて準備を進める。

 
NHK メディア総局 プロジェクトセンター 統括プロデューサー
加藤 英明 氏

 1997年NHK入局。本部・大阪放送局を経て2004年以降、20年以上に渡りディレクターやプロデューサーとして紅白歌合戦を制作。2011-12年は総合演出、2018-22年は制作統括を務め、現在もプロデューサーとして紅白の企画を担っている。

徳力 NHKでは受信料収入を元手として番組をつくる構造上、誰でも見られるインターネット上に公開すべきではないという意見が脈々とあったと思います。「周知広報」、つまり宣伝のためとはいえ、誰でも見られるネットに動画をアップするのは簡単ではなかったのではと思いますが、いかがですか。

加藤 NHKでも制作現場を中心に「コンテンツをもっと多くの人に見てもらえるようにデジタル展開すべき」という積極的な意見がある一方、おっしゃるように制度上の限界があり、デジタル施策はアクセルとブレーキを交互に踏むようにして進んできました。特にコロナ禍以降は、まず紅白に最も注目が集まる初出場歌手の記者会見のオンライン配信などから始めて、どのような反響があるか見ながらトライを重ねていきました。

徳力 2020年以降はデジタル活用が進んで、ストリーミング配信も普及しましたよね。音楽の聞かれ方も大きく変わりました。

加藤 はい、特に2022年末の第73回紅白は「LOVE&PEACE -みんなでシェア!-」という、デジタルを強く意識したテーマを掲げました。

徳力 あれは私としても嬉しかったですね。「自分たちの言葉だ」と。

加藤 「生放送で見てもらうだけでなく、みんなにSNSでシェアしてもらえる紅白にする」という目標をテーマに込めて掲げたことで、対外的だけでなく局内においても、経営層含めて機運が高まることにつながりました。YouTubeで「NHK MUSIC」を立ち上げ、X(旧Twitter)、インスタグラムなどSNSも活用して、紅白の舞台裏や出演アーティストのインタビューなどを投稿していきました。生放送中も本編の映像を切り出した短い動画をアップし、おかげさまで結果的に、地上波の視聴率も少し持ち直し、「NHK +」でも多く視聴されました。デジタル施策はあくまで放送の「補完」という位置付けですが、その役割を果たせたのではと思います。

徳力 テーマ設定はチームの団結や、マンネリ化を防ぐためにも大事ですね。2023年は「ボーダレス -超えてつながる大みそか-」。世界的人気K-POPグループのNewJeansが日本デビュー前にもかかわらず初出場したり、YOASOBIと出演アーティストたちがスペシャルコラボしたりと、文字通りボーダレスな企画が満載でした。
 
note noteプロデューサー/ブロガー
徳力 基彦 氏

 NTTやアジャイルメディア・ネットワーク等を経て、現在はnoteプロデューサーとして、ビジネスパーソンや企業におけるnoteやSNS活用のサポートを行っている。個人でも、日経MJやYahooニュース!個人のコラム連載等、幅広い活動を行っており、著書に「普通の人のためのSNSの教科書」、「アルファブロガー」等がある。

加藤 紅白のテーマはお飾りのように見えるかもしれませんが、そうではありません。紅白のプロデューサーやディレクターが最初に集まって、議論するのはテーマです。一時はコピーライターに考えてもらったこともありましたが、やはり視聴者に何を届けたい紅白なのかを凝縮した言葉なので、自分たちでしっかり考えるようにしています。出演アーティストからも「今年のテーマは何ですか」と気にされますよ。

徳力 そして昨年、2024年末のテーマが「あなたへの歌」。「メジャーもマイナーも、国も性別も、時代にもとらわれることなく、他でもない『あなた』へひとりひとりに最高の歌をおくります」と掲げて、その集大成がB’zの生出演でした。話が少しそれますが、あれは完全に「負けた」と思いました。絶対、事前収録だと思っていましたよ(笑)。

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