顧客満足を探究する~データと戦略の森から~ #04
「丸亀製麺」はなぜ「丸亀うどん」ではないのか?顧客体験を理解するための2つの軸【青学・小野譲司】
2025/04/09
マーケティングにおいて「顧客満足」が重視されるようになって久しい。顧客ニーズの複雑化と商品サービスの均質化に呼応するように、ますます多様化するデータ、戦略があふれかえるマーケティングの森から、企業やマーケターは目指すべき顧客満足をどう探し当て、推進すればいいのか。
本連載は青山学院大学経営学部の小野譲司教授が、顧客満足度を業界横断的・継続的に調査するJCSI(日本版顧客満足度指数)調査のデータやさまざまな事例から顧客満足を学術的に紐解き、課題解決を目指すマーケターに科学的な視座と知見を提示する。
第4回では前後編にわたって「顧客体験」にフォーカスする。そもそもビジネスにおける「体験」とは何なのか? 前編では何気なく使いがちな「体験」をマーケティング研究の潮流から掘り下げていくことで、「顧客体験価値」を的確に捉えるためヒントを提示する。
本連載は青山学院大学経営学部の小野譲司教授が、顧客満足度を業界横断的・継続的に調査するJCSI(日本版顧客満足度指数)調査のデータやさまざまな事例から顧客満足を学術的に紐解き、課題解決を目指すマーケターに科学的な視座と知見を提示する。
第4回では前後編にわたって「顧客体験」にフォーカスする。そもそもビジネスにおける「体験」とは何なのか? 前編では何気なく使いがちな「体験」をマーケティング研究の潮流から掘り下げていくことで、「顧客体験価値」を的確に捉えるためヒントを提示する。
多次元での顧客経験の理解
讃岐うどんチェーンの丸亀製麺は、うどんの体験価値を、料理としてのうどんの美味しさだけでなく、店での体験全体を通してつくろうとしている1 。ブランド名を「丸亀うどん」ではなく「製麺」としているのは、店内で小麦粉からうどんを捏ね、茹で上げて提供する調理方式にこだわっているからである。
飲食チェーン展開のセオリーからすれば、セントラルキッチンで調理済みの半加工品を仕入れ、最終工程だけ店舗で行い、スピードとスケールメリットを出すのが定石である。同社はあえて業界の常識に反して、讃岐うどんの本場の「製麺所」の工程を再現しようと独自の仕組みを構築してきた。店内に積まれた小麦粉袋、オープンキッチンでの作業風景、うどんを茹でる際の湯気や天ぷらの揚油の香りが漂ってくる視覚や嗅覚を通した感覚的価値は、本場の讃岐うどんの体験を、讃岐以外の土地でも体験する大事な要素である。
また、讃岐うどんにつきものの、天ぷらなどのサイドメニューをセルフサービス方式で顧客が自分で好きなものを選べる工程も大事な体験価値である。人は、自分のコントロール下において何かをしえると満足度が高くなる、とセルフサービス研究で指摘されてきた。サラダバーやドリンクバーは、店側にとってみれば、一定の客単価がとれ、人件費を抑制しうる省力化手段のひとつである。顧客にとっては、自分の好みに応じて飲んだり食べたりできるコスパの良いメニューであり、さらにコントロール感の高い顧客参加という体験価値を得る手段なのである。
1 粟田貴也(2024)『感動体験で外食を変える:丸亀製麺を成功させたトリドールの挑戦』宣伝会議。

製品・サービスを通して顧客の「体験価値」を向上する。「体験価値」を最適化する。あるいは、新しい「体験価値」を目指す。それに関連した「顧客体験」「CX(Customer Experience)」といったキーワードをさまざまな場面で目にし、耳にする。購入した商品について、アクセスしたWebサイトについて「あなたの◯◯◯での体験についてご感想をお聞かせください」というアンケートが送付されることもある。会社組織のひとつに「顧客体験推進」「CX戦略」「エクスペリエンスデザイン」などといった専門部署を設置している企業もある。
このように、あえて顧客の「体験」をキーワードとするのにはどのような意味や意図が潜んでいるのだろうか。そもそも顧客にとっての「体験価値」とは何か。「顧客体験」は、どのような意味で理解され、共有されているのか。なぜビジネスの文脈で「体験」というキーワードが使われるようになったのだろうか。冒頭の讃岐うどんの体験を頭に浮かべつつ、体験価値の正体を読み解いてみよう。