よなよな流「ファンベース・ブランディング」―ファンの熱狂をブランドの力に変える方法 #07

よなよなエールが、イベント「超宴」を赤字でも開催する理由:ヤッホーブルーイング井手社長

前回の記事:
ファンベース戦略は「ファンクラブ運営」ではない!強いブランドをつくるための2つのポイント
「若者の○○離れ」のひとつとして、ビール離れが言われるようになって久しい。この環境下、コアなファンからの熱狂的な支持を受けて成長を続けるのが、クラフトビールブランド「よなよなエール」を製造・販売するヤッホーブルーイングだ。商品、デザイン、プロモーション……徹底的にファンに寄り添った「ファンベース」の施策の数々がファンを熱狂させ、また新たなファンを生み出している。

ファンを中心に置く考え方は、マーケティング/ブランティング領域で今あらためて注目を集めているものの、多くの企業が実行に課題を抱えているのが現状だ。こうした中、ヤッホーブルーイングが「ファンベース」に成功している背景には、経営者の井手直行氏とマーケティング責任者の稲垣聡氏との連携の仕方や関係性にカギがあるのではないか――2人の対談を通じて、ファンベース時代の経営者とマーケターの望ましい協働のあり方を考える。
 

経営としてどう見ている?ファンイベントの費用対効果

稲垣 ヤッホーブルーイングのマーケティングの原点、てんちょ(井手社長)が「ファンを大切にすること」の重要性に気づいたきっかけの話をしましょうか。
ヤッホーブルーイング
よなよなエールプロダクション/マーケティングディレクター
稲垣聡氏

リクルートメディアコミュニケーションズ、パラドックス・クリエイティブのコピーライター/制作ディレクターを経て、2011年入社。「よなよなエール」ほか主要製品ブランドのマーケティング戦略、ブランド戦略を担当。中央大学大学院戦略経営研究科修了。2016年「日経NEXT CMO AWARD」ファイナリスト、2017・2018年「注目の次世代マーケター」(宣伝会議)選出。

井手 きっかけは、マーケティング戦略に関する社員間の意見のすれ違い。まだ社員が20~30人ほどだった2008年頃、みんなで戦略を練っていたところ、考える方向性がみんなバラバラで、まとまらなかったんだよね。その原因は、ファンの気持ちが見えていなかったことにあった。つまり、「よなよなエール」を好きだと言ってくれるファンがいることは知っていたけれど、その理由が正直なところよくわかっていなかった。そこで、創業して初めて、ファンを対象とした個別インタビューを実施して、真のニーズを掴んでみようという話になったんだよね。
ヤッホーブルーイング 代表取締役社長
井手直行氏

1967年北海道生まれ。福岡県の久留米工業高等専門学校を卒業後、1997年にヤッホーブルーイングに営業担当として入社。2004年からネット通販を担当して業績を伸ばす。2008年より現職。主な著書は『ぷしゅ よなよなエールがお世話になります―くだらないけど面白い戦略で社員もファンもチームになった話』(東洋経済新報社)。

 ごろうの先生でもある(編集部注:稲垣氏は2017年に中央大学大学院戦略経営研究科を修了)中央大学大学院 戦略経営研究科教授の田中洋先生に調査をサポートいただいたところ、僕らのファンの様子を見て「ハーレーダビッドソンのファンに似ている」とおっしゃった。ハーレーのファンにとって、ハーレーというブランドはもはやライフスタイルそのもので、自分の身体にブランド名のタトゥーを入れるほど熱狂的。ヤッホーブルーイングのファンはそれに似ていると。

 そうして社内でプロジェクトチームを組成し、2~3年にわたってハーレーを研究したところ、行き着いたのが「ファンイベント」。商品価格は競合他社のおよそ2倍、大々的なマス広告は一切展開していない――それにもかかわらず、日本市場で右肩上がりの成長を続ける秘訣は「ファンイベント」にあると結論づけ、僕らも2010年に40人規模のファンイベントを初開催した。

 そのイベントで、ファンの熱狂を目の当たりにしたことがすべての始まり。一番遠い人で、北海道から夫婦で参加してくださった方もいた。わざわざ仕事を休んで、宿泊費をかけて、僕らのイベントに喜んで参加してくれる。時間はかかるかもしれないけれど、そんな熱量の高いファンを一人ずつ増やしていったら、すごい力になるに違いない。「僕らがやるべきことはこれだ!」と確信し、現在に至るまで徐々にイベントの規模を拡大してきたんだよね。

稲垣 今年10月27日に開催する「よなよなエールの超宴」(編集部注:ヤッホーブルーイングが主催するビールイベントの名称)は、ついに参加者数5000人に到達する見込みです。そんなふうに規模を拡大し続けてきましたが、てんちょは経営者として、ファンマーケティングをどう捉えていますか?マーケティング業界の人たちと話していると、ファンマーケティングの実施には課題を抱えている人が多いんですが。

井手 短期的な売上や利益は、まったく求めていない。そもそも「超宴」のようなイベントは、費用と効果の相関を明確に紐づけにくい。短期的に考えれば決して少なくないコストがかかっているから、「やらない」という判断をするのは簡単だよね。そういう企業が大多数であるのが現状だと思う。

 でもヤッホーブルーイングのように、次々と新製品を市場に投下することも、むやみに安売りすることもできない企業は、とにかくお客さまを楽しませるような、面白いことをするしかないと思う。公式ビアレストラン・よなよなビアワークスで実施する「宴」、外部会場を貸し切って開催する「超宴」、醸造所見学ツアー、ビールの仕込みを体験できる「本気(マジ)仕込み」。そうしたイベントの実施前後1週間~1カ月の売上推移を見ると、確かに上昇する。中長期的に見れば、じわじわと効いているということなんだよね。各イベント単体で見れば赤字と言わざるを得ないことが多いけれど、それを補って余りある長期的な効果が得られるのがファンイベントだと思う。



 それに、僕らのイベントは、ある意味「赤字でないと実現できない」と思っているところもある。黒字化するならチケット代を高くする必要があるけれど、それでは参加者の満足度が下がってしまう。逆にチケット代を安くしても、コンテンツにかけられるお金が少なくなり、クオリティが下がって参加者の満足度は下がる。参加者5000人に「大満足」してもらうためにコストがかかるのは、ある程度は仕方がないと思う。コストが見合っていても、ファンを満足させるコンテンツをつくり出せなければ、まったく意味がないからね。

マーケターに役立つ最新情報をお知らせ

メールメールマガジン登録