TOP PLAYER INTERVIEW #90

過去最高1254万人動員、Jリーグのマーケティング責任者が語る成功の裏側【執行役員 事業マーケティング本部長 鈴木章吾氏】

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 2024シーズン、Jリーグは過去最高の年間1254万人超という来場者数を記録し、大きな注目を集めた。さらに、今期2025シーズンの来場者数は、前年を超えるペースで進捗している。これらの成果の背景は、J1クラブ数の増加や各地で新スタジアム開業といった追い風に加え、新規のファン・サポーター獲得を狙った「ローカル露出戦略」や「注力試合」、「国立競技場の活用」といったさまざまなマーケティング施策があった。

 この変革を推進したのが、2025年3月18日にJリーグの執行役員 事業マーケティング本部 本部長に就任した鈴木章吾氏だ。ブランドマーケティングの視点を取り入れ、「客観性」と「データ」を重視したアプローチでJリーグの新たな価値創造に取り組んでいる。2026年からのシーズン移行をJリーグの進化の機会と位置づけ、世界で唯一無二のリーグを目指す、Jリーグの戦略と挑戦について詳しく聞いた。
 

過去最高の来場者数を記録した背景


―― 2024年、Jリーグは過去最高の1254万人以上の来場者数を記録されました。その背景には、どのような要因があったのでしょうか。

 2020年から始まったコロナ禍では、無観客試合や入場者数の制限、声出しの制約などがあり、マスク着用の推奨も2023年途中まで続いていました。2024年は、世の中の雰囲気としてもコロナの影響が完全になくなり、マーケティング施策を全力で展開できるタイミングだったことが大きな理由のひとつです。

 また、2024シーズンから、J1リーグが18クラブから20クラブに増えた点も大きなポイントでした。この変更で、集客力の高い試合の数が増加しました。

 さらに、ここ数年取り組んできた「ローカル露出戦略」も大きな成果を上げています。これは、各地域におけるJリーグクラブの露出や話題性を高める戦略を指します。地方のクラブがその地域の放送局と関係構築に取り組んだ結果、ローカルメディアでの露出が2~3年で数倍にも増えています。
 
日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)
執行役員 事業マーケティング本部 本部長
鈴木 章吾 氏 

 日本生活協同組合連合会、キリンホールディングス、野村総合研究所にて、一貫してtoCマーケティング領域に従事。2022年にJリーグに入社。現職ではJリーグのプロモーション、集客CRM、MD/ライセンス事業、デジタルマーケティングプラットフォームなど、toCに関わる領域全般を統括。

 特に地方にあるクラブは「注力試合」という取り組みにも力を入れています。ゴールデンウィークや夏休みなど、多くの人が来場しやすい時期に、ノベルティの配布や花火大会など魅力的なイベントと組み合わせることで特別な試合であることを演出し、通常の2~3倍の集客を実現するのです。

 一方、首都圏では国立競技場の活用も効果的でした。昨年は国立競技場で13試合を開催し、平均5万人の観客を集め、合計約65万人の来場者数を記録しています。都内のクラブだけでなく、地方クラブも積極的に参加し、首都圏の巨大なマーケットを効果的に活用できたと考えています。
  
Jリーグが国立競技場で開催される試合を「THE国立DAY(ザ こくりつデー)」と呼び、2025シーズンではJ1リーグ9試合、J2リーグ1試合の計10試合を開催。(写真:Jリーグ提供)

 さらには広島、長崎、金沢では新しいスタジアムの開業も大きな効果がありました。特に広島の「エディオンピースウイング広島」や長崎の「長崎スタジアムシティ」は、街全体の活性化につながるような立地ですし、長崎はホテルやアリーナなども隣接した複合施設です。広島は、開業2年目を迎えた2025シーズンもほぼ毎試合チケットが完売する状態となっています。

 これらの要因が複合的に作用して、2024年は過去最多の来場者数という結果につながったと考えています。

―― 「ローカル露出戦略」や「注力試合」など、地方へ注力している背景は、どのような理由があるのでしょうか。

 2022年に野々村芳和が日本プロサッカーリーグ理事長(Jリーグチェアマン)に就任し、大きく2つの戦略を掲げました。ひとつは「トップ層がナショナル(グローバル)コンテンツとして輝く」という戦略です。たとえば、J1リーグの上位10クラブや優勝争いするチーム、アジアサッカー連盟(AFC)が主催するアジアのクラブチームによる大会「ACL」の出場争いに絡んでくるクラブのことを指します。そのトップクラブが国内外で輝くことにより、Jリーグ全体の価値向上にもつながると考えています。

 もうひとつは、Jリーグは全国41都道府県にクラブがありますが、「60クラブがそれぞれの地域で輝く」という戦略です。一見、矛盾するようにも思えますが、両立を目指す方針となりました。

 ローカル露出戦略は、野々村が北海道コンサドーレ札幌の社長時代に、北海道エリアでの露出を高め、クラブの価値向上と集客や売上増加に成功した経験を背景に取り組んでいます。その成功体験を全国の60クラブに展開できないかという発想から、2022年後半から複数のエリアでトライアルを始め、2023年にはすべてのエリアに展開して行っています。
 

「雰囲気づくり」こそが、Jリーグの使命


 ―― 過去最高の来場者数にはJリーグ本体と各クラブとの連携強化も不可欠だったと思います。両者の役割分担や関係性について、どのようにお考えでしょうか。

 リーグとクラブの役割は本質的に異なると考えています。地元ホームタウンとの関係構築や地域ステークホルダーとの連携を通じて、クラブの価値を高めるのはクラブ自体の仕事です。一方、マーケティング領域におけるリーグの重要な役割は、「雰囲気づくり」だと捉えています。これは特にコロナ禍から回復するうえで、非常に重要でした。

「今、Jリーグが盛り上がっている」「スタジアムで観戦する価値がある」という世の中のムードや空気感を醸成することが、リーグ最大のミッションだと考えてきました。Jリーグが今、価値あるコンテンツとして確かな盛り上がりを見せていることを、リーグ自らが発信し、世の中の空気を変えていくわけです。

 そのために、近年はリーグとしてテレビCMを積極的に展開したり、異業種のコンテンツホルダーとコラボレーションを実施したりすることで、Jリーグの価値を幅広く届ける施策を行っています。
 
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 その上で、リーグからクラブへの働きかけとして、「クラブサポート本部」を立ち上げて、リーグから各クラブへサポート担当者を配置する体制を整えました。サポート担当者はクラブを定期的に訪問し、現場のニーズや課題を吸い上げ、必要に応じてリーグ内のシステム担当やCRM部隊、広報などとクラブをつなぐハブとしての役割を担います。

 この体制を構築するにあたって、実はNBA(ナショナル・バスケットボール・アソシエーション)のTMBO(Team Marketing & Business Operations)の仕組みを参考にしています。TMBOは、リーグ本部が専門的な知見をもって各チームのマーケティング活動や事業運営をサポートし、リーグ全体の価値向上を図る組織です。NBAの各チームとTMBO担当者が密接に連携し、さまざまな施策を成功させている事例があり、そのアプローチをJリーグでも取り入れました。

 これによりクラブと良好な関係を築き、気軽に相談できる環境をつくることで、日々の悩みから重要な経営課題まで、さまざまな情報が入ってきやすくなります。また、リーグ内に各分野の専門家がいるので、適切な人材につなげて組織として解決することを意図しています。各クラブに担当者がいる状態は、Jリーグ創設以来はじめてですが、この取り組みがしっかりと機能したことが過去最高の来場者数となった要因に大きな影響を与えたと思います。

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