TOP PLAYER INTERVIEW #90
過去最高1254万人動員、Jリーグのマーケティング責任者が語る成功の裏側【執行役員 事業マーケティング本部長 鈴木章吾氏】
2025/05/07
「国立競技場」を入口に新規のファン・サポーターを開拓
―― Jリーグが大きく変革する中で、特に来場者数の増加に寄与した意思決定や施策について教えてください。
Jリーグはもともと、既存のファン・サポーター向けのコミュニケーションやプロモーション施策は非常に得意で、ファン・サポーターの心を掴むコンテンツや訴求方法は、特に洗練されていました。一方で、新規・ライト層へのアプローチには、まだ改善の余地があると感じていました。私が入社してからは、特に後者の新規・ライト層向けの施策に注力しました。

その象徴的な取り組みが、冒頭にお話した国立競技場の積極な活用です。国立競技場は、アクセスや利便性という点では世界一のスタジアムだと考えており、新規・ライト層にとって初めてJリーグを体験する場として最適です。そこで、ゴールデンウィークや夏休みなど、レジャー需要が高まり観戦に適した時期に、クラブと連携して大規模な招待施策を展開しています。
これらの施策を2~3年間継続した結果、初来場者のリピート率向上という形で成果が見え始めています。たとえば、2年前の招待施策で来場した新規層のうち、約40%がその後も複数回スタジアムに足を運んでくれているというデータがあります。
特に私たちが重視しているのは、「3回」来場していただくことです。データ分析の結果、3回来場すると、その後の離脱率が大幅に低下し、翌シーズン以降も継続して来場してもらえる可能性が格段に高まることがわかっています。一度来場してくれたファン・サポーターをどうやって2回目、3回目につなげるか。そのための体験設計やコミュニケーションには、まだ大きな可能性があると感じています。
―― 3回目の来場を実現するために、各クラブで実践されていることはあるのでしょうか。
はい、各クラブがさまざまな工夫を凝らして、新規・ライト層のファン・サポーターへとステップアップしていくための「黄金ルート」を設計しています。リーグとしても、そのノウハウ共有などを支援しています。
典型的なステップとしては、最初のきっかけは「無料招待」です。気軽にスタジアムで観戦していただき、次に「割引価格」や「お子さま無料」といった優待で、少しお得に2回目の来場を促します。そして、3回目として定価でチケットを購入してでも観たいと思っていただける段階を目指します。

そして、3回の観戦体験を経た段階で、各クラブが提供しているファンクラブへの入会が金銭面でも、体験価値の面でも魅力的に感じられるよう設計が工夫されています。たとえば、数千円の年会費で「観戦チケット2枚相当の無料券」や「ユニフォームシャツ」などの特典が付いてきます。そうなるとファン・サポーターは、「来年はファンクラブに入った方がお得だ」と感じ、能動的にエンゲージメントを高めていただける状態になるわけです。
このように、「招待 → 優待 → 定価購入 → ファンクラブ入会 → シーズンシート購入」という段階的なステップを意識し、各クラブがリーグと連携しながら、あの手この手で新規層の定着と育成に取り組んでいます。
「客観的な視点」を忘れないで取り組む
―― さまざまな施策を行う中で、鈴木さんが特に意識されていることがあれば教えてください。
私は「客観的な目線」を持つことを、特に意識して取り組んでいます。もちろんサッカーやJリーグも好きですが、自分自身がJリーグの「中の人」であることを認識し、客観的にJリーグやクラブを見ることが重要だと考えています。
Jリーグの内部にいると、同じ施策を繰り返すことに飽きてしまい、変化を求めがちです。しかし、一般の顧客からすれば、年に1回の施策であり、一期一会の体験かもしれません。客観的に見れば、続けた方が効果の高い施策も多いので、「続けるべき施策」と「変えるべき施策」を適切に判断することが極めて重要です。

客観的な視点を失うと、ファン・サポーターが望まないような打ち出しになってしまい、熱心なファン・サポーターの感覚と乖離した施策になってしまうリスクがあります。Jリーグの施策は特に熱量の高いファン・サポーターに向けたものも多いので、この判断を誤ると不快感を与えたり批判を受けたりすることになりかねません。「バズ」と「炎上」は紙一重ですので、常に緊張感を持って取り組んでいます。
加えて、コミュニケーション施策を企画・実行するプロセスにおいて、常に複数の視点を取り入れることを意識しています。たとえば、コミュニケーション施策を検討するときには、熱量の高いコアなファン・サポーターに響くメッセージと、これからファンになる可能性のある新規・ライト層に届けるべきメッセージ、その双方の視点を明確に区別し、バランスを取ることを徹底しています。これはマーケティング部やプロモーション部内だけでなく、MDを担当している商品化事業部とも密に連携し、グッズ展開なども含めた顧客接点全体で一貫した体験を提供するためです。
さらに、Jリーグとクラブ間の連携強化も、客観性を担保する上で不可欠です。 現在、毎月1回程度、全60クラブのマーケティング担当者が一堂に会する定例会議を実施しています。この場は、リーグが打ち出す施策に対する各クラブからのフィードバックや、それぞれの地域・スタジアムにおけるファン・サポーターのリアルな反応を吸い上げる貴重な機会となっています。
特にリーグ全体で展開するような大規模なキャンペーンや重要な施策については、できるだけ企画の初期段階、つまりまだ軌道修正が可能なタイミングで全クラブと方向性を共有し、意見交換を行うことを重視しています。これにより、Jリーグと全60クラブが一体となって施策を推進できる体制を構築し、施策の実行精度と効果の最大化を図っています。
※後編 Jリーグは「関心低下」の危機をどう乗り越えたのか、マーケティング本部長の鈴木章吾氏が明かす変革 に続く
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