米田恵美子琉 市場創造の「すすめ方」 #05
P&Gイノベーションファクトリーが最重視する「客観的多様性」【米田恵美子】
イノベーション創造メソッドの基本は、1つの流れだった
私は、P&Gジャパン全体のイノベーションファクトリーの工場長を務めた時期がありました。ファブリック&ホームケア(洗剤・消臭)カテゴリーとヘアケアカテゴリーで、いくつかのイノベーション創造を成功した経歴を買われてのことでした。当時、P&Gは洗剤・消臭やヘアケアの製品だけではなく、紙おむつや生理用品といった紙製品、SKllなどの化粧品、髭剃りのジレット、電子歯ブラシ、プリングルスなどのポテトチップ、アイムスというペットフードなど、多岐に渡るカテゴリーを扱っていました。それらの様々なカテゴリーで、洗剤・消臭やヘアケアで成功したようなイノベーションを定期的に起こせるような仕組みづくりを任されたわけです。
P&Gイノベーションファクトリーの原型は、米国本社にありました。私は本社に赴き、150年以上に渡る年月を通して同社のイノベーションを牽引してきた仕組みを勉強しました。また、スタンフォード大学の「Design Thinking(デザイン思考)」のワークショップへの参加や、KJ法という創造メソッドを開発された今は亡き川喜田二郎先生から直接その方法を教えてもらうなど、ありがたい体験をさせてもらいました。
学ばせていただいたイノベーションを起こすメソッドや仕組み、具体的方法論は多岐に渡り様々でしたが、大切なことは一つの同じ流れでした。
Diverge → Converge → Diverge → Converge
(広げる) (収束させる) (広げる) (収束させる)
(広げる) (収束させる) (広げる) (収束させる)
イノベーションを生み出すためには、情報やデータ、アイデアをできるだけ広げることから始めて、次にその広がった情報やデータ、アイデアを一度収束させます。そして収束した情報やアイデアを改めて広げるプロセスを経て、さらに収束させるという作業を繰り返していくのです。
それぞれのメソッドで、アイデアの出し方などの具体的な方法は違うのですが、イノベーション創造の基本的な流れは、すべて「現状」の進化に制限をかけている見えない障壁に風穴をあけて、新しい風を吹きこみ「制限」を外して、可能性を「Diverge(広げる)」ことから始まります。
イノベーションとは、革新のことを言います。革命的に新しいことを生み出さなければなりません。そのためには、既存の現状を打ち破ることが必要です。そして既存の現状を打ち破るには、まずは自分たちが無意識のうちに囚われてしまっている「既存の現状」とは何なのかを認識し、「既存の現状」の進化を制限している「常識」のどこかに風穴をあけて、新しい風を吹きこまなければならないのです。
問題を打破するには、まずは「現状の認識から始める」というプロセスは、PDCAとしての王道であり、多くの企業では現状を常に追いかけて分析も重ねているため、課題はすべて理解できていると思われている方も多いかと思います。
しかし自分たちを取り巻く「現状」を客観的に把握するのは、実に難しいことです。私たちの多くは、常に現状に留まっていることで、実は「現状」が見えなくなっていることが多いのです。そして、気づかないうちに閉ざされた状況に囚われていることにも気づかず、「現状」や「常識」に甘んじているのです。それでは、「現状」に風穴をあけることはできず、可能性の「Diverge(広げる)」はできません。
昨今、社外取締役の登用やコンサルタントの起用など、社外の視線を取り入れる企業が増えてきたことは、客観性を積極的に取り入れて、自分たちのおかれた「現状」をしっかりと把握し、「現状」に風穴をあけることの重要性が認識されてきたからだと思います。