ビジネスにイノベーションを起こす「思考法」 #22

レコメンドエンジンのコードも自ら書く、時価総額1000億円超え「一休」社長の成長戦略

前回の記事:
杉本哲哉氏がリクルートで学んだビジネス哲学と、グライダーアソシエイツで目指す世界観
 エトヴォス 取締役COO 田岡敬氏が第一線で活躍するビジネスパーソンから、その人がキャリアを切り開いてきた背景やイノベーションを生み出してきた思考法を探っていく連載。第11回は、一休 代表取締役社長の榊淳氏が登場。榊氏は2011年にコンサルティング会社から派遣されたコンサルタントとして同社の経営に携わり、2007年から5年間停滞していた売上を大きく伸張させる。その後、2013年に正式に一休に入社し、2016年に約1000億円でヤフーに買収されたタイミングで社長に就任した。どのように同社を成長へと導いたのか、榊氏に詳しく話を聞いた。
 

最初の一歩は、顧客セグメントの詳細な分析だった

田岡 一休は、富裕層にフォーカスしたことによるリピート購入で売上を大きく伸ばした、と伺いました。榊さんへのさまざまなインタビュー記事を拝読すると、カスタマーファーストを掲げてWebサイトを改善したお話など、成功のポイントは語られていますが、どういう順番で手を打っていったかは語られていません。私は常々、経営にとって施策の「順番論」が重要と思っていますので、具体的な取り組みについて時系列でお伺いできますか。
一休の取扱高推移。榊氏が「Ⅲ」の時期に一休のビジネスを再成長させることができたプロセスを解き明かしていく。
榊 はい。僕は2012年にコンサルティング会社の人間として、一休の「業績改善プロジェクト」に参画しました。田岡さんもマッキンゼーにいらしたので分かると思いますが、最初はターゲットカスタマーを分析しながら、その会社について勉強します。
一休 代表取締役社長 榊淳氏 1972年、熊本県生まれ。慶應義塾大学大学院理工学研修科終了後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。米スタンフォード大学大学院にてサイエンティフィック・コンピューティング修士課程修了。ボストン コンサルティング グループに入社し、約6年間コンサルタントとして活躍。2009年よりアリックスパートナーズ。13年一休入社。PL責任者として宿泊事業の再構築を担い、14年副社長COO就任。16年2月に創業社長・森正文氏の退任に伴い社長就任。

 特に一休は“尖ったビジネス”だと感じていたので、セグメントをかなり細かく分けて、どの層が伸びているのかを探しました。すると、高額利用者の一部が伸びていることが分かりました。それが、最初の大きなステップです。

田岡 年間利用額でセグメントを分けるという考え方は、過去のコンサルティング経験からですか。

榊 そうですね。かつて、大手食品メーカーの「アミノ酸サプリ」をコンサルティングした際に役立った考え方でした。当時、その「アミノ酸サプリ」は、日常的に運動をしているアスリートかフィットネスジムに通っている人をターゲットにしていました。しかし、アスリートの数は少なく、フィットネスジムに通っている人も軽い運動が多く、アミノ酸の補給が必要なほど体を酷使しないため、市場規模が拡大しないという課題がありました。

 そこで実際の購入者のセグメントを細かく分析したところ、山登りをする60代に利用されていることを発見したのです。彼ら彼女らの「アミノ酸サプリ」使用頻度は、フィットネスジムに通っている人の約100倍でした。ただし、60代の登山者の「アミノ酸サプリ」利用率は、たったの0.1%です。

 実際にヒアリングしてみると、60代の登山者は、仲間に遅れずに山に登って、一緒に同じスピードで下ることを重視していたんです。遅れたら次から呼んでもらえないのではという悩みを抱えていました。そこに、潜在ニーズを感じたことがあったのです。

田岡 なるほど。一休でも同じように顧客データから、どこにチャンスがあるのかを探ったわけですね。
 
【一休.com】公式サイト | 高級ホテル・旅館予約サイト‎
榊 その通りです。セグメントを絞った後は、実際にフォーカスグループインタビューを約100人に行いながら、なぜその層が伸びているのかを分析しました。その結果、分かったのは、「一休が高級な宿に特化しているため、ハズレが少なく安心して利用できる」というベネフィットでした。

 後から考えれば当たり前なのですが、高級な宿を探している人が他社サイトを使って検索すると、安い宿も多数ヒットするし、広告だらけなため、快適な宿探し体験ができていないのです。それが1回や2回なら我慢できますが、高級な宿に頻繁に行く人は嫌になって一休に流れつくという構図が見えてきました。

田岡 インタビューは、どのように進めていったのですか。

榊 同じ高額利用者でも金額が伸びている人と、伸びていない人をヒヤリングするなど、テーマを絞りました。また、他社で予約したことは話したがらないので、聞き方を工夫して「前回の旅行は、どこへ行きましたか」「最初に検索したキーワードは、何でしたか」「その後、どのように行動しましたか」といったようにストーリーを追って再現してもらいました。

田岡 面白いですね。今で言うカスタマージャーニーの理解ですね。

榊 はい、他にも様々な切り口から話を聞いて気づいたのは、一休と他社サイトを使い分けしている人が相当数いるということです。ただし使い分けをしている人も、実はそれが楽しいと思っているわけではありません。特に高級な宿に頻繁に行く人は、クチコミを読み込んで吟味するため、あちこちのサイトで宿を探してやった決めた時点で疲れ果てていました。そうした人に向けて、一休以外を使うのを止めて手間を減らして宿を探すよう背中を押すロイヤリティプログラムをつくることで、さらにベネフィットを提供できないかと検討も進めました。

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