ビジネスにイノベーションを起こす「思考法」 #35

金なし、物なし、人なし、健康なしの独立。トランスコスモスCMO佐藤俊介のハードな起業ものがたり

サティスファクションギャランティード、ソーシャルギアの設立へ


田岡 ひとりで独立してからは、うまくいったのですか。

佐藤 最初は苦労しましたが、半年後には僕の2年分の給与くらいの利益が出るようになりました。その頃は、まだ健康状態が不安だったので、人を採用して徐々に任せるようにして会社らしくしていきました。

田岡 共同で起業したときはうまくいかず、一人ではうまくいったのは、何が違ったのでしょうか。

佐藤 やはり社長のフォロワーとしてではなく、自分の意志で始めたことが大きかったと思います。仕事の内容は変わらなかったので、当事者意識の差だと思います。



田岡 なるほど、そこからファッションのサティスファクションギャランティードを立ち上げられたのは、いつごろですか。

佐藤 2年後ですね。エスワンオーの広告事業は絶好調だったのですが、広告会社にはアセットがないので、コンテンツをつくりたくなったんです。僕は、昔からファッションがすごく好きで、大学時代には転売もよくしていたんです。

田岡 サティスファクションギャランティードは、のちにFacebookで爆発的にファンを増やして話題になりましたよね(編集部注:2012年、Facebookのファン数が200万を超えて国内1位に。伊藤忠テクノロジーベンチャーズからも2億5000万円の出資を受けるなど、注目を集めた)。Facebookには、ファッションの事業を立ち上げた当初から注目していたのでしょうか。



佐藤 最初はFacebookに興味がなく、アパレルブランドとして普通にリアル店舗へ卸していました。古い発想なのですが、トップアイドルが着てくれれば、絶対に売れると思ってPRを強化して、ジャニーズ事務所所属のアイドルが着てくれたんです。

ただ、服を販売した直後に転売屋から買い占められて、すぐにヤフオクで売られてしまいました。結局、儲けているのはメーカーではないと気づいて、顧客と直接繋がることができるネットに力を入れなければいけないと、Facebookに目を付けたんです。

当時は、まだFacebookを使っているブランドは少なくて、ユニクロのファン数が6万人、イッセイミヤケが5000人ほど。これならば超えられると思って注力したところ、多くのアジア人がファンになってくれました。

田岡 初めからアジアを目指していたのですか。

佐藤 いえ、初めは日本だけでした。ただ、海外ではFacebook広告のCPMが日本の100分の1や1000分の1など、とにかく安かったんです。それに当時は、インドネシアの若い人が日本のファッションに触れる機会がなかったので、一気にファンが増えたことからアジアにシフトさせました。

また、当時のFacebookはファンを分析してレポーティングする機能がなかったので、ソーシャルギアという会社を立ち上げて解析ツールを開発しました。いわゆるFacebookマーケティングのはしりですね。
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