ビジネスにイノベーションを起こす「思考法」 #42

ブランドコンサルの業務を徹底解剖。コンサルタントが持つべき強みとは何か

前回の記事:
ストックオプションも提供。「外注・プロ化」が進むブランドマーケティングの現在

「ブランドコンサル=素敵な世界観の構築」ではない


田岡 山口さんが代表を務めるインサイトフォースの業務範囲について教えてください。

山口 当社インサイトフォースは10周年を迎えたのですが、業務カテゴリー上は、ブランドコンサルティングを名乗っていますが、それだとCI(コーポレート・アイデンティティ)デザインのイメージが強いですよね。当社の仕事の中でCIは1~2割程度で、大部分はブランドとマーケティング戦略を手掛けつつ、ブランドの名前やロゴデザインは変えずに競争力を高めています。

なので、実態に即した定義では、戦略コンサルティングのうちブランドマーケティング領域を切り取った専門ブティック型のコンサルティング会社になります。でも、説明が長いし、そんな業態カテゴリ名はないので、便宜的にブランドコンサルティングと名乗っています。

仕事の引き合い数は充分なので放置してしまっていますが、これぞ「紺屋の白袴」の典型例ですね(苦笑)。
山口 義宏氏
インサイトフォース 代表取締役社長
東京都生まれ。東証一部上場メーカーで戦略コンサルティング事業の事業部長、東証一部上場コンサルティング会社でブランドコンサルティングのデリバリー統括などを経て、2010年に企業のブランド・マーケティング領域特化の戦略コンサルティングファームのインサイトフォースを設立。BtoC~BtoB問わず企業/事業/商品・サービスレベルのブランド~マーケティング戦略の策定~実行支援を主業務とし、これまで100社を超える戦略コンサルティングに従事。著書に「マーケティングの仕事と年収のリアル」(ダイヤモンド社)、「デジタル時代の基礎知識『ブランディング』 「顧客体験」で差がつく時代の新しいルール」(翔泳社)など。

田岡 ブランドとマーケティングは、どのように定義していますか?

山口 「経営戦略」「ブランド戦略」「マーケティング4P施策」の3階層があると定義しています。経営戦略は、まさにマッキンゼーのような戦略コンサルティングが担う領域。ブランド戦略は、購買の促進をするブランドパーセプション(認識)を形成するための設計書。マーケティング4P施策は、その設計書に沿って顧客体験として整合するように具体化したプロダクトやプロモーションなどの施策と定義しています。
 
出典:書籍「デジタル時代の基礎知識『ブランディング』 『顧客体験』で差がつく時代の新しいルール」

田岡 クリエイティブの制作はしていないのですか。

山口 はい、当社が広告クリエイティブを提供することは、一切ありません。そこは広告会社が担うべきで、「餅は餅屋」な領域と切り分けています。当社で外部のクリエイターの方と組んで提供するのは、CIのネーミングからロゴ、パッケージデザイン、ハードウェアの工業デザインのモックアップまでです。あとはBtoBのクライアントだと、パワーポイントで営業資料やセミナー資料まで内製して提供することはあります。

なぜこの業務範囲に限定しているのか説明します。ブランディングの世界は、「素敵な世界観やイメージをつくれば売れるだろう」という少し乱暴な考えも多いのですが、多くの業界での案件を経験して施策のテストをして成果をレビューするほど、そうしたイメージが事業の成功要因となる業種は極めて限られていると感じるからです。

百貨店チャネルで売る高価な最高級スキンケアブランドや、ヨーロッパ本社で由緒ある歴史が重要なパーセプション要素になるような高級ブランドでは、素敵な世界観をクリエイティブで表現することは非常に重要です。そういうブランドの案件では、クリエイティブはつくらなくても、広告会社のクリエイターに依頼する際に指針となる表現すべき世界観の要件定義をかなり細かく行います。

でも、高級ブランドではない大半のビジネスでは、素敵な世界観よりも重要な成功要因がたくさんあり、その重要度は下がります。それぞれのブランドの業態やポジショニングによって重要な要素がまったく異なってくるので、それを丁寧に見極めて設計する役割を担いたいと考えています。

田岡 依頼を受けてから提案までのフローは、どうなっているのでしょうか。
田岡敬氏
エトヴォス 取締役 COO
リクルート、ポケモン 法務部長(Pokemon USA, Inc. SVP)、マッキンゼー、ナチュラルローソン 執行役員、IMJ 常務執行役員、JIMOS(化粧品通販会社)代表取締役社長を経て、ニトリホールディングス 上席執行役員。2019年1月21日より、エトヴォス 取締役 COO。

山口 オーソドックスですが、提案まではヒヤリングとデスクリサーチに基づいて仮説をつくり、案件実施の業務プロセスと共に提案します。そこでスタートとなれば、最初は業界理解を深めるためにリサーチしたりクライアントの内部情報を収集分析します。商品別・チャネル別の売上、収益性などの基礎的な理解です。

おおよその構造を掴んだ後、経営陣や現場のキーマンにヒアリングをして、事業や商品に対する課題意識や情報を浮き彫りにして市場競争力を高めるための戦略やブランドの価値に関する仮説を整理していきます。

次に、顧客側の視点の検証するために、BtoC企業であれば一般消費者を集めたグループインタビューや定量調査、BtoB企業であれば、取引先企業や失注した企業にヒアリングをお願いします。そこで出てきた内容に準備していた仮説を当てていき、態度変容や購買行動のトリガーになりそうなブランドパーセプションを選定し、マーケティング4P施策に落とし込んでいく流れです。実際にはマーケティング4P施策の検証結果によって、ブランドパーセプションの中身も多少ブラッシュアップしていきます。

田岡 
お客さん側の課題認識は、どのぐらい当たっているものですか。

山口 当たっていることも多いですよ。僕の経験上、問題意識と解決策を社内の誰も持ってない会社は皆無です。では、なぜそれがうまく進まないかと言えば、合意形成ができないからです。社長と専務、事業部長と現場など、社内の見解が少しずつずれていて噛み合わないのです。

その原因は、考え方の違いよりも、それぞれが触れている、持っている情報が違うために、課題認識や解決策がすりあわないことが大半です。だから、それらの情報を丁寧に棚卸して整理していけば合意できます。解決すべき課題となるボーリングの一番ピン、そこに「投げ込むボール=マーケティング施策」まで合意できれば、かなりの前進です。

実は、大手企業のマーケティング課題の多くが組織問題と表裏一体だと思います。要するに、社内の誰かは断片的に答えをもっているけど、それを丁寧に立体化できず、声の大きな人の鶴の一声でなんとなく決まってしまい、的はずれなマーケティング施策を繰り返しているのです。市場で負けている企業のリアルな実情です。

当社が関われば「想像もしなかったものすごい飛び道具の施策」が出てくるわけではありませんが、マーケティングは画期的な飛び道具がなくても成果は出ます。実際に、クライアント企業で企業価値が10倍になって東証一部上場した会社もありますし、すでに上場していた伝統的企業で売上数千億円の会社でも、長い時間をかけて商品ブランドポートフォリオを見直し、個々の商品ブランドの戦略もいくつか見直した結果、売上と経常利益が2倍以上になった会社もあります。

もちろんその成長の中で当社が担った貢献はごく一部ですが、お伝えしたい大事なことは、マーケティングで事業を伸ばすリアルとは、突飛なアイデアや素敵な世界観クリエイティブの勝負とは限らず、むしろそういう局面は少ないということです。

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