ビジネスにイノベーションを起こす「思考法」 #50

敏腕マーケター 伊東正明氏は、吉野家をどう好業績に導いたのか。入社から現在までの戦略を追う

コラボメニュー開発の背景にある、課題と目的


田岡 伊東さんが吉野家に入られてから、「ライザップ牛サラダ」や「ポケ盛(ポケットモンスター)」をはじめ、さまざまな企業とコラボレーションを増やしている印象ですが、どのような狙いがありますか。



伊東 私が吉野家に来て、今のところ良い結果が出ていると言われていることにつながるひとつの要因が、まさにメニュー開発です。

私が入社する4~5年ほど前、松屋さんやすき家さんがメニューを拡張していった一方で、吉野家は牛丼のストロングスタイルを貫いていました。

しかし、そうするとお客さまは新しいメニューを試したいという気持ちで、どんどん他のチェーン店に行きます。加えて、駅前にはいわゆる定食屋のチェーン店も増えて、吉野家は残念ながら「牛丼を食べる以外に目的がない店」になっていきました。メニューを増やすと店舗の負荷が増加し、強みである牛丼の品質に影響を及ぼすからです。

当然、吉野家も課題を認識していて、店舗の負荷を抑えながらメニューのバラエティを充実させることを3年くらいかけて取り組んでおり、ようやく定食なども食べるお客さまが少しずつ増えてきたというタイミングが、私が入る少し前の状況でした。

私もメニューの充実は必要なことだったと思います。ただ、それをやった結果、今度は「吉野家が何屋なのか分からない」という問題が起きました。加えて、牛丼の「売れれば売れるほど、おいしくなる」という強みが生かしにくくなってしまったのです。

田岡 自衛隊のカレーがおいしいのと同じで、大量につくるからですね。

伊東 そうです。しかも回転が良くなれば、調理歩留まりもどんどん良くなります。ところが、バラエティを増やすということは、基本的に牛丼の売上がほかのメニューの売上に移ってしまうわけで、牛丼の販売数が減ることで牛丼のクオリティのコントロールが難しくなるということなんです。

こうした問題が重なっているときに、私が入りまして、「さて飲食はどういうビジネスか」と考えたとき、私の伊東塾でもよく言っている「認知」と「想起」で言えば、圧倒的に「想起」が大事だと思いました。というのも、吉野家を知らない人はたぶん日本にいないですよね。
 
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田岡 そうですね。

伊東 でも、過去1週間に吉野家で食べた人となると、ほとんどいません。なぜかと言えば、「お腹が空いた」という頭の引き出しを開けたとき、吉野家は手前にいないんです。この「引き出し理論」が、現在の吉野家でのマーケティング活動を説明するのには最も明確です。

そこでまず、初めにするべきは、“肉”“や牛肉”と吉野家のリンクを高めて、その引き出しの一番手前に来ることだと考えました。とにかく牛肉関連商品の販売構成比をひたすら上げて、それ以外の優先順位をどんどん下げることを決めたんです。これが、外部にも言っている「コア&モア戦略」の「コア」です。




田岡 つまり、メニューのバラエティは牛に関連するものを増やして、牛の注文頻度を保つということですか。

伊東 はい。それによって、引き出しを開けたときに必ず3番手以内に入ることができれば、確実にブランドは強くなる。それに実は、店のオペレーションは牛丼に特化しているため、一番生産が高く提供時間も早い。そして調理の歩留まりも良くなり、おいしくなるという利点もあるわけです。

田岡 では、牛を食べる気になったときに、他店ではなく吉野家のメニューの中から迷ってもらえばいいと。

伊東 そうですね。新商品は牛のメニューバリエーションの見せ方を変えるためです。たとえばライザップとのコラボは、世の中にどの引き出しが空いているのかを考えたときに、いわゆる「高たんぱく・低糖質」の食事を食べたいという引き出しを開けると、多くの人がサラダチキンみたいなものを想起して、外食には食べられるものがないと考えていたりします。じゃあ、サラダに肉を乗っけて売ろうと考えたわけです。

その高たんぱく・低糖質という引き出しの中で、最も手前に来させるためのアイデアがライザップとのコラボでした。それ以降も同じように、人が1日3回365日、つまり1095回の食事の中で、うちがどこで勝てるか、そこそこのサイズがある引き出しを見つけて、キャンペーンや商品の企画を続けています。

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