ビジネスにイノベーションを起こす「思考法」 #04

先ず行動、そのリアクションから次のビジネスを考える【ネスレ日本CMO 石橋昌文(聞き手:ニトリ田岡敬)】

近年のイノベーションを生み出した思考法

田岡 近年は「ネスカフェ ドルチェ グスト」や「ネスカフェ ゴールドブレンド バリスタ」などのコーヒーマシン、さらに「ネスカフェ アンバサダー」といった新たなサービスが成功しています。これらの事業は、どのように生まれたのでしょうか。

石橋 それぞれ経緯があるんです。「ネスカフェ ドルチェ グスト」はセブン-イレブンで先行発売してから、スーパーや家電量販店などに販売網を広げていったのですが、そうするうちに、こういった商品は通販で扱われていることに気づき、通販を始めることにしました。

 通販を始めるにあたり、営業は「小売店から苦情が来る」と反対だったのですが、テレビや新聞で広告を打ってみると、広告で「ネスカフェ ドルチェ グスト」を知った人が家電量販店などに赴き、店頭で購入するというポジティブな影響がありました。

 Eコマースで売れるようになれば、次の課題は家庭外でのシェアが低いこと。家庭外ではどんなシーンで飲まれているのかを調べると、オフィスが6割でカフェやレストランが4割でした。そこでオフィスにターゲットを絞り、どうすればオフィスにマシンを売れるかを考えてさまざまな施策を行いました。そのうちのひとつが、オフィスモニターの募集です。

 実際に取り組んでみると、マシンを置くことによってコミュニティや会話が生まれたとオフィスの人から喜ばれました。そこで、オフィスにマシンを無償貸与し、コーヒーだけを定期的に買っていただくモデルを始めた。それが「ネスカフェ アンバサダー」プログラムです。

田岡 この場合も製品の意味合いが、単なるコーヒーマシンからコミュニケーションツールに変わっているのですね。お話を聞いていると、みなさんすごくフットワークが軽いですよね。行動する中から次のネタを見つけて、また実行していくという連鎖ですね。

石橋 はい。バリスタを発売した時も、それをオフィス向けに通販で展開しようなんて、まったく考えていませんでした。しかし、マシンができて、通販という仕組みができると、アンバサダーというアイデアが生まれた。先ず行動しなければ、何も起きません。行動した結果に対するリアクションから、次のことを考えるんです。それを繰り返している間に、顧客の「本当の問題」に行き着くのではないでしょうか。

田岡 おもしろいですね。とりあえず動いて、次のヒントを得て、転がりながら進んでいく。では、ネスレ日本では、よく実験するのでしょうか。

石橋 そうですね、高岡もいつも「調査なんて意味がない」と言います。まずは小さい規模でも行動していく中で、本当の正解に当たればいいんじゃないかと考えています。

田岡 たしかに、お客さんが気づいていない課題を検証しようと思うと、プロトタイプを見せる以外に方法がないですよね。石橋さんも、マーケティング部のメンバーに対してはまずはトライしてみろと。

石橋 はい。それと、本当にそれが意味を成すものなのかを突き詰めて考えよう、と言っています。

田岡 成功と失敗の境目は、どこにあるのでしょうか。「キットカツ(きっと勝つと)」も、言葉遊びと言ってしまえば、それまでです。

石橋 明確な線引きはありません。ベタな表現で言えば、経験から分かるということでしょうか。とにかく、いろんなことに挑戦して、いっぱい失敗することだと思います。当社の人間はみんな失敗していますし、失敗しないで上にいった人間はまずいません。大失敗した人も生き残っていますし(笑)、前向きな失敗であれば、許容される雰囲気はあります。

田岡 今日のお話を聞いて、消費者目線で自分たちの製品を見ている印象を強く感じました。それは企業側に入ると失いがちな視点です。

石橋 なかなか難しいですよ。若い社員ほど、自分の製品/ブランドという思いが強すぎて。それ自体は悪いことではないんですが、本当に消費者に届くメッセージに置き換えなければ意味がありません。その転換がうまくいけば、すんなり心に入っていくし、できなければスルーされてしまう。

田岡 石橋さんだけじゃなく、どうやって部下もできるようにするかが大切ですね。

石橋 はい、気づきは与えられるんですけど、すぐに理解できる人もいれば、数ヶ月かかる人もいます。できない人は、ずっとできないし。

田岡 最後は、選ばれし者の仕事になっちゃうんでしょうかね。

石橋 どんな仕事でも、向き不向きはあると思います。自分もマーケティングに向いているとは思ったことは一度もないですが、それでもマーケティングで一応、飯を食べて来られたので、今後も社内には気づきを与えていきたいと思っています。



 

田岡敬氏 対談を終えて

 すぐにプロトタイプをつくって、とにかく早く「対ユーザー実験」というアプローチは、デザイン・シンキングに基づいたアプリやWEB開発に通じます。それをデジタルではなくリアルで、しかも小売店など他社を巻き込んでいるところにネスレの強みを感じました。そして、その実験からの「気付き」がまた次の実験に繋がっていく。インタビュー中に石橋さんから「気付き」というワードが何度も発せられていたのが印象的です。そのように色々と自由に発想できるのは、味のカスタマイズをする権限が各国に与えられているからだと思います。商品をいじれるからこそ顧客理解が重要になり、その深い理解からアイデアが生まれるのだと思います。キットカットの現場からの提案を、その前年は却下していたという話は、「情報は実は周りに溢れているが、受信側のアンテナが立っていないと入ってこない」の典型例かと思います。情報入手も出会いも縁も、自分のアンテナ次第ですね。
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【吉野家 田中安人】飛び込み営業がきっかけで、マーケティング責任者に就任(聞き手:ニトリ 田岡敬)
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