ビジネスにイノベーションを起こす「思考法」 #07
人は強制的にやらされていることは、習慣化しない【吉野家 田中安人】聞き手:ニトリ田岡敬
ラグビーから学んだビジネス組織論
田岡 田中さんの成功要因には、「この人とやる」という強い意志と、「人との縁」が大きいように感じます。田中 はい、ラグビーをやっていたからだと思うのですが、組織をすごく大切にしているんです。ラグビー経験者は、組織の中で出世する人が多いんですよ。僕は、僕自身がOBでもある帝京大学ラグビー部のマネジメントに関わっているのですが、スポーツの暗黙知を形式知にして、構造化することで他の領域で活用できないかと研究しています(※注 帝京大学ラグビー部は、前人未到のラグビー大学選手権9連覇を達成している)。そして、それを企業のマネジメントに横展開できないかと考えているのです。
田岡 何か具体的に分かったことはありますか。
田中 ひとつは自己決定理論と言いますが、人は強制的にやらされていることは、習慣化しないということです。その代わり、自分で決めたことは習慣化します。
例えば、帝京大学ラグビー部は4年生が掃除、洗濯、食当番、アイロンがけなどの雑務のすべてを担当します。1年生には雑務はさせません。これは誰かに強制されているわけではなく、4年生は自ら気づいていて取り組んでいるんです。逆に、1年生は雑務がない代わりに体づくり、学業に専念してもらうのです。
面白いのが、帝京大学では監督が1カ月に1回、寮の掃除をするのですが、1年生はそれが目に入らず、素通りするんです。2年生になると多少は気づくものの、忙しいふりをして見て見ぬふり。3年生は気づく力が育ち、監督と交代するようになる。そして、4年生は監督が掃除をする前には、先に掃除を終わらせるようになるのです。
つまり、自分で考えて決定し気づくようになることが、大事なのです。このスポーツの方法論を、広くビジネスでの組織に適用することが重要です。
経験から確立された、成果を上げる仕事スタイル
田岡 田中さんが、はなまるうどんで企画した「ダイオウイカ」、吉野家でソフトバンクとコラボレーションした「スーパーフライデー」も、チャレンジングな企画だと思うのですが、毎回どのように企画を進めているのですか。田中 僕は、自分の仕事のスタイルを「ビジョンクリエイティブ」と呼んでいます。一般的に人や組織のイメージするビジョンは“モノクロ”のように曖昧なのですが、これを“カラー映像”のように明確に描いていきます。そして、もう一方で人や組織の過去にあるDNAを探ります。このビジョンとDNAを結びつけて、具体的な行動計画に移していくのです。
田岡 そのビジョンというのは、商品やサービスが世の中に役立つ価値を具体的に描き切るということでしょうか。
田中 そうです。まさにお客さま目線で商品をブラッシュアップしていきます。日本人は真面目なので商品開発でも視野が狭くなり、最初は自分たち目線が強い、エゴの塊のような商品が生まれます。それで情熱を持って試行錯誤して、喜んでもらえるものが生まれることで、ヒットにつながるのです。
例えば、はなまるうどんで関わった「豆乳鶏胡麻うどん」という商品は、商品開発に3年かかりました。担当者の熱意で、ある程度のレベルの商品には仕上がったのですが最後の仕上げに、主婦向けの番組プロデューサーに入っていただいたところ、健康志向で味噌を入れたらどうかなどの提案をもらって、実現したところヒットにつながりました。僕は実践派で、どうやったら消費者の目線になれるのか、痛い思いをしながら学んで、売上をつくっています。
田岡 田中さんは、企画を思い立ったらすぐに挑戦する感じでしょうか。
田中 僕は右脳型のマーケターですが、もちろん左脳も動かしています。アイデアや勘に加えて、例えば食材が健康に良いことの説明や、消費者が話題にしたくなるネタかどうかロジカルに考えます。つまり右脳で考え、次に左脳で考えてと、右脳と左脳を行ったり来たりするのが、僕のスタイルです。
よく「なぜそんなにアイデアが思い浮かぶんですか」と聞かれるのですが、僕はそんなにアイデアが豊富だとは思っていないんです。ただ、思いついたアイデアを自分の「リュックサック」に詰めておいて課題の本質を見つけたときに、それをギュッと持ってきて結びつけて解決させることが得意なのだと思います。昔は打率が悪かったけど、右脳と左脳を行き来するようになって良くなってきましたね。
田岡 もやもやしていたものに何かひとつ情報が加わると、急に形になって出てきたりしますよね。
田中 そうなんです。ポイントは、企画のコンセプトを明確化すること。そうすれば消費者はもちろん、クリエイターにも分かりやすい。コンセプトさえ明確になっていれば、優秀なクリエイターが、さらによい企画に昇華してくれます。