ビジネスにイノベーションを起こす「思考法」 #07

人は強制的にやらされていることは、習慣化しない【吉野家 田中安人】聞き手:ニトリ田岡敬

後継者の育成はどうするのか

田岡 なるほど。CMOとしては後継者育成も重要かと思いますが、それはどのように考えておられますか。

田中 ちょうど今、取り組んでいるところなのですが、後継者はセンスの部分と、本気で「マーケティングの力で世の中の課題を解決する」と思える人材でなければ育たないと思っています。  

田岡 先ほどの、やらなければいけないことではなく、やりたいことにならなければ習慣化や気付きにつながらないということですね。



田中 
そうです。それを前提に、教育として一人ひとりに最適難度の課題を与え続けるようにしています。課題の難易度は低く過ぎてもだめですが、高過ぎてクリアするためのスキルが足りなければ、嫌気が差したりしてしまいますから。人材の正確なスキルと心の状態を把握し、そして最初に言うのは「できないと言うな」ということ。

 できないと言うということは、既成概念を越えられない可能性が高まるだけで、それではイノベーションを起こせません。既成概念は一度取っ払って、課題に対して真摯に考える。僕は、それが唯一、AI(人工知能)にできないことだと思うんです。

田岡 田中さんのように思考できる後継者は、どのようにして育つのでしょうね。

田中 僕は、自己決定理論としてどう展開させるかを考えています。これは学術的にも立証されているのですが、階段に興味を示しているよちよち歩きの子どもに「階段の上り方」を教えると3時間で覚えるけど、階段に興味を示していない子どもに無理に教えても一カ月たっても上れません。

 ラグビーの例と同じように、自分から取り掛かっていく人間にしか成長はできません。だから、僕は自分から来る人間にしか教えないと、部下にも言っています。 それに、僕とまったく同じ人間にすることはできないので、違うスタイルでも世の中の課題を解決できる可能性のある人材を育てたいと思っています。

 そういう意味では、はなまるうどんは、僕が離れたあとも好調なので、うまくできているのかなとは思います。   

田岡 CMOにスポーツにと幅広く手掛けられていて、大変ではないですか。

田中 成果に焦点を当て、そのための最短最速の動きしかしないので、大丈夫です。「この企画をよく成立させましたね」と言われることもありますが、近江商人の三方よし、みんなが幸せになるという高いビジョンを掲げていると、自然とみんなが協力してくれます。



 僕は、「マーケティングで世の中を幸せにしたい」と本気で思っているんです。たとえお金がなくても、世の中を幸せにしたいというビジョンが伝われば、全員が力を貸してくれます。それに、ラグビー、組織、人事、経営企画、マーケティングといった、今までの僕の人生の資産をつなげたら、今の仕事のスタイルになりました。だから楽しくて、仕方がないんですよ。
 
田岡敬氏 対談をおえて
田中さんのように数々の話題となるような施策を形にするには、やはり人間力やスキル、マインドセットに関する多くの要素が必要だと感じました。「マーケティングで世の中を良くするという志」「決裁者からの信頼」「不可能なことはないというマインドセット」がベースにあり、そこに「アイデアのストック」「個人の突破力」「人に賭ける力とチーム運営力」が加わり、大きくてチャレンジングな企画が形になるのだと思いました。やはりマーケティングは究極の総合格闘技ですね。我々が全てを急に身に付けることはできませんが、ひとつ身に付けるごとに実現できる企画のサイズが指数関数的に大きくなるのだと思います。それをひとつずつ実感し励みにし、日々精進していくしかないのかなと思います。
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