「元書店員マーケター」オススメの一冊 #03

【書評】「トヨタ生産方式」こそ、企業のマーケティング担当者が学ぶべき(逸見 光次郎)

前回の記事:
【書評・逸見光次郎】店舗とECのあるべき姿が分かる良書『店は生き残れるか』(小島健輔・著)
『トヨタ物語 強さとは「自分で考え、動く現場」を育てることだ』野地秩嘉 著 日経BP社
 

「ムダを省く」ことだけが、TPSではない

 誰もが知っているようで、その本質をきちんと説明できない「トヨタ生産方式(TPS)」。
 
 そのTPSをつくり上げた大野耐一氏。そして、その“弟子”たちという視点で、代々の創業家出身者などトヨタの歴史をこれほど客観的な目でわかりやすく解説した本はない。

 その本を、なぜマーケターに勧めるのか。その考えをこれから述べていきたい。

 私が初めてTPSを知ったのは、TPSに影響を受けたエリヤフ・ゴールドラット博士の書籍『ザ・ゴール』に書かれた「TOC(Theory of Constraints=制約条件の理論)」、つまり全体最適の手法を通じてだった。

 その本を読むきっかけは、イー・ショッピング・ブックス(現・セブンネットショッピング)時代に、社長である鈴木康弘さんから「『ザ・ゴール』をマネージャー全員で読もう」と言われたことだった。会議室に集められ、鈴木さんから「読んだな。さあやるぞ!」と言われ、私の頭の中は「やる?何を?」と?マークだらけになった。

 鈴木さんがマネージャー陣に言ったのは「自部署の目標・目的をポストイットに書き出してみろ、書いたらそれを壁に(ツリー構造にして)並べて貼ってみろ」ということだった。そして、「俺が書いた会社全体の目的・目標と、全部署の目的・目標はつながるはずだよな」と。

 そこから、各部署の目標が会社全体の目標につながるように議論した。この経験から理解したのは、各部署がどれだけ頑張っても、会社全体の業務・資金の流れを改善しなければ、決して利益は生まれず、全体最適も成しえないという事実だった。

 それ以来、ゴールドラット博士の著書を読み、実際に博士と会って教えていただく機会を得た。そして、博士の愛弟子でありゴールドラット・コンサルティング・ジャパンの日本代表である岸良裕司さんにも手取り足取り教えていただいた。

 TPSとは、「ムダを省く」ということだと思っている人も多いだろう。本文中にも「7つのムダ」が書かれている。しかし、実はその一つひとつのムダを省くことだけが重要なのではなく、全体の流れの中での「ムダを省いて」「流れを良くする」ことこそが重要なのである。
 
7つのムダ
 
  • ひとつ つくりすぎのムダ 
  • ふたつ 手持ちのムダ 
  • 三つ 運搬のムダ 
  • 四つ 加工そのもののムダ 
  • 五つ 在庫のムダ 
  • 六つ 動作のムダ 
  • 七つ 不良をつくるムダ

このうち、大野がもっとも排除しようとしたのは「つくりすぎのムダ」である。
「トヨタ物語」著・野地秩嘉 224ページ

 これが、2代目社長 豊田喜一郎氏が考え出し、大野氏が実現した「ジャストインタイム」である。カンバン方式を活用して必要なときに、必要な量だけ、必要な場所へ部品を供給する仕組みなどを組み合わせたものである。

 もうひとつ重要なのは、トヨタの社祖で、“からくり好き”で自動織機を生み出した豊田佐吉から生まれた「(動に、にんべんのついた)自働化」発想である。

 
「(動に、にんべんのついた)自働化とは機械に人間の知恵を付与することである」
「トヨタ物語」著・野地秩嘉 36ページ

 つまり、何か問題が起きたら不良品が出る前に機械が検知してラインを止める。人間がカイゼンを考えて再び動き出す。機械ができる部分は、機械に任せるが、常に人がカイゼンし続けていくのだ。

 あまり知られていないが、TPSは生産に絞った話ではない。いくら効率よく車を生産しても、それが売れなければ意味がない。1982年、トヨタはそれまで別会社だった自工(自動車工業:生産)と自販(自動車販売:販売)を統合した。その2年後に入社した豊田章男氏は、84年から販売のカイゼンに取り組んだのである。

 「受注から納車まで30日」が普通だった流れを早めて、顧客満足度を高めていく。そのためにヤードの整備や営業のカイゼン、あらゆることに踏み込んでいったのだ。その組み合わせこそが、今のトヨタの強さである。

 このように、生産から販売までビジネス全体を見渡してカイゼンする能力は、今まさにマーケターに求められるものではないだろうか。

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