国境は地図の上にない、心の中にある #13

元ユニ・チャームグローバルマーケティング本部長の木村幸広氏が語る、今のマーケターに伝えたいこと

前回の記事:
ユニ・チャームの退職後、ペットビジネスに大きな可能性を感じた背景
 ユニ・チャームで30年以上に渡りマーケティングに携わり、タイ法人及びインド法人の代表などを歴任し、同社の海外の重要拠点の黒字化に成功した経験をもつ木村幸広氏。

 本連載では、世界で活躍するマーケターになるまでの軌跡を辿りながら、グローバルで成功する要件と、マーケティングに重要な消費者視点などを紐解いていく。第13回は、日本のマーケティングが世界に通用する可能性と、この連載を通して伝えたかったデジタル時代のマーケターに伝えたいメッセージを紹介する。
 

タブーを乗り越え、人とペットが一緒にずーっと一緒にいられる時代に


 前回、私がペットビジネスに可能性を感じ、ユニ・チャームの退職後にアニマルヘルステックカンパニーのアルダ社でCMOを務めている話をしました。ペットに関して、解決すべき大きな課題のひとつにペットロスがあります。ペットとのカスタマージャーニーを考えるときペットとのお別れの時は避けては通れません。ペットと別れる最後の瞬間は悲しいものですが、それをどのように迎えるかで、もう一度ペットを飼いたいと思うか、もう二度と飼いたくないと思うかの2つに分かれます。これが減少に転じた日本のペット飼育頭数の増加につながる課題の一つだと考えています。

 ペットロスを何とかしたいと考えていたとき、高野山遍照尊院で人とペットが同じ場所で眠れる納骨堂をつくると知りました。高野山は空海によって開かれた真言密教の修行道場で117の寺院があり、遍照尊院はそのひとつです。高野山1200年の歴史で初めてたった一つの寺院が新しい挑戦を始めたのです。

 私は無宗教で信心がありませんのであくまでも勉強した限りのことで僭越ですが、仏教の考え方である輪廻転生には、地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上の6種の世界である「六道」があり、どの世界に落ちるかは生前の行いによって決まるとされています。その中の畜生は犬や猫など動物界のことを指し、道徳から外れた人間はその報いとして畜生として生きる苦しみを与えられ、人間に生まれ変わることができないとされます。

 そのような仏教の考え方があることから、人と動物が一緒に供養され、同じ場所に納骨されることはタブーとされてきました。ところが、遍照尊院の目黒照典副住職が「人もペットも等しく極楽浄土にいく時代」だと言い出しました。それは、ペットが流行っているからという理由ではなく、今伝えられている輪廻転生は、もともとの空海の教えに沿って変えていく必要があるというものです。目黒副住職は、空海は2頭の犬に助けられて高野山を開いたと言われており、人も動物も命あるものは等しく天に行くという考えだと言います。
  

 人と動物を一緒に扱ってはいけないという仏教の教えはあるけれど、空海の教えは必ずしもそうではないという考えで、遍照尊院では本堂の中に人とペットを一緒に納骨する場所をつくりました。しかも永代供養がセットになっていて飼い主さんに代わって寺院がずっと供養してくれるというものです。この納骨堂をペットも飼い主も元気なうちから準備しておくことで最期まで安心したペットライフが送れるというものです。

 また、その目黒副住職はペットを失ったときの飼い主のペットロスを無くしたいという思いから飼い主が納骨をするとき、「ペットとの楽しかった生活を思い出しながら感謝し、しっかりとこの世を生きると誓ってください」と話します。これはペットを亡くした飼い主にもう一度ペットと暮らしたいというモチベーションをあげることにつながると共感しこの挑戦を応援しています。

 現在、日本のペット頭数は減り、高齢化が進んでいます。中国やインド、米国などではペットの頭数は増えていますが、いずれ日本と同じ課題に直面するでしょう。そういった意味で、日本はペットに関しても課題先進国なのです。これらの課題をどう解決するかを世界に先駆けて経験する中で、新しい価値を生み出せるはずです。そのような意味で、日本のペットビジネスは世界へ展開するチャンスなのです。

 本連載で繰り返しお伝えしてきた通り、国境は物理的なものだけではなく、実は自分で無意識のうちにつくっている心の壁なのです。日本の人口減少は事実としては進むでしょう。その中で日本でマーケティングに携わっている皆さんには、日本で起きていることはやがて世界中で起こるので、国境の心の壁を外して、今我々が取り組んでいるマーケティングを世界中で展開したいという気概をもって仕事に向き合ってほしいです。過去に刷り込まれた「日本は経済大国で先進国だ」という勘違いに囚われず、自身の意志で世界で活躍できるマーケターになって欲しいのです。そういう思いを込めて、今回の連載タイトルを「国境は地図の上にない、心の中にある」としました。

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