マーケティングアジェンダ2019 レポート #04

楽天 三木谷社長の右腕マーケターは、いかにして生まれたのか?

前回の記事:
楽天 最年少常務はどう誕生したのか、自分をアップデートさせるための方法
 国内外のブランド企業からトップマーケターが参加する合宿形式のカンファレンス「マーケティングアジェンダ2019」が、去る5月にロイヤルホテル沖縄残波岬を舞台に3泊4日で開催。2日目のキーノートセッションには、楽天で当時・最年少で常務となったCMO(チーフマーケティングオフィサー)の河野奈保氏が登場した。
 前編に続き、後編では、聞き手であるパナソニック コネクティッドソリューションズ社 常務の山口有希子氏が河野氏にCMOとして求められる能力、楽天の経営者である三木谷浩史氏とどのようにコミュニケーションを図っているのかなどについて聞いた。
 

女性社員からの「ありがとうございます」に衝撃


山口  河野さんは、36歳のときに執行役員に就任されました。そのときシンプルに、どんな風に感じましたか。

河野  内示を受けたとき、最初はお断りしました(笑)。いくらマネジメントを経験してみて、少し現場を離れることを許容できるようになったからといって、現場から完全に離れることは考えられなかったんです。
河野奈保
楽天 常務執行役員 チーフマーケティングオフィサー

SBI証券(旧イートレード証券)マーケティング部を経て、2003年に楽天株式会社へ入社。楽天市場事業部にて営業部、マーケティング部、編成部、開発部など幅広い領域で要職を歴任。その後、楽天市場、ラクマ、楽天ブックスをはじめ様々なEC関連事業を束ねるECカンパニーのプレジデントとしてECビジネスの事業推進に関わる。 2013年執行役員就任、上級執行役員を経て、2017年楽天史上最年少且つ初の女性常務執行役員に就任。 現在は、楽天グループのCMO(チーフマーケティングオフィサー)として、データを用いた楽天独自のマーケティング活動を推進。

山口  あまりポジティブではなかった気持ちが、変わったきっかけはなんだったのですか。

河野  自分だけでは変われませんでした。言い方を変えると、他人の言葉ひとつで考えが変わったんです。

役員になることが社内で告知されたとき、これは“あるある”だと思うんですが(笑)、本当にいろんな人が近くにやってきて「おめでとうございます、これからよろしくお願いします」と。そんな中、別の部署の女性社員3人に言われた「ありがとうございます」と声をかけられたことが衝撃的で。

楽天は、現場の男女比は半々くらいですが、頑張っているものの管理職になると女性は2~3割、役員クラスになるとほんの数人です。しかも、現場から叩き上げで役員になるのは、私が初めてのケースでした。そうなりたいかは別として、女性の選択肢のひとつとして、そんな未来があることを体現したことにお礼を言われたのです。

「ロールモデル」という言葉は好きではありませんが、いろいろな選択肢を広げるチャンスをもらったと考えたら、役員になることをポジティブに捉えられるようになりました。会社や事業のためではなく、若い社員のために、このポジションをやってみようかなと思ったのが、一番の理由です。

それまでは女性であることを特段に意識しないようにしてきました。しかし「女性初の役員」になって、女性社員に向けたメッセージを発信したり、女性としての立場を示す発言をしなければならない機会が増えてきて、ようやく自分の女性らしい部分を活かして仕事をしようという気持ちになってきました。

山口  私の友人であるエグゼクティブの方々も同じことを言います。女性だということを意識せず仕事をしてきたけれど、あるポジションになったことで、若い世代のために道を拓くというミッションがあることに気づき、そういう意識が芽生えるようです。
山口有希子
パナソニックコネクティッドソリューションズ社 常務
エンタープライズマーケティング本部長

1991年リクルートコスモスに入社。その後、シスコシステムズ、ヤフージャパンなどで企業のB2Bマーケティングコミュニケーション管理職に従事。また、商社にて各種海外プロジェクトや海外IT関連製品の輸入販売・マーケティングを推進した経験も持つ。日本IBMデジタルコンテンツマーケティング&サービス部長を経て2017年12月より現職。エンタープライズマーケティング本部長としてB2B向けマーケティングを統括する。 日本アドバタイザーズ協会(JAA) デジタルメディア委員会 委員長や、ACC TOKYO Creative Award マーケティングイフェスティブネス賞審査委員としてマーケティング業界の発展に従事する。
 

CMOの役割は、事業戦略とマーケティング施策の連携


山口  執行役員に抜擢されたとき、社内からやっかみのようなものはありませんでしたか。

河野  今、そんなことを言ったら大問題になると思うのですが、当時は初だったこともあって「女性はいいね」とチクチク言われることも正直ありました。

進んでいた仕事の話が“飲みニケーション”や“タバコミュニケーション”を経て、翌朝まったく違う結論に至っていたり、自分に情報がきちんと回って来なくて、悔しい思いをすることもありました。でも、この状況を変えるには、事業で結果を出し続けるしかないと思いましたね。

山口  執行役員、上級執行役員を経て、常務執行役員に就任されました。常務に就任したことで、新たに見えてきた景色はありますか。

河野  執行役員は50~60人いますが、常務執行役員は5~6人で女性はいまだに私一人です。立場が上がっていったことで、「女性」というレッテルを超えてより私自身を見てもらえるようになりました。

常務になって、経営について話す場に入ることが多くなりましたから、経営とはこういうものかと改めて学んでいるところです。社長や副社長とは以前から関わる機会がありましたが、それは指示系統の中でのこと。現在はともに会社をつくるメンバーとして、フラットに意見を聞かれたり質問をされたりする環境にあり、恵まれていると感じます。



山口  マーケティングは経営そのものですから、マーケティングを担う人が経営のボードメンバーに入っていることは、とても重要ですね。日本の上場企業で、CMOのポジションを置いている企業はまだまだ少なく、マーケティング業界としての大きな課題のひとつです。ボードメンバーにCMOが入っていると、マーケティング施策が事業戦略と密接に結びついていくと思います。

河野  そうですね。データ分析などマーケターとしての個別スキルを高めるということ以上に、事業の本質や戦略を理解し、マーケターとしてビジネス成果に貢献することが重要だと考えています。

経営陣が何を考えているのか、会社がどこを目指しているのかを理解する一方で、ユーザーの声にも耳を傾け、理解する。CMOは、この両方を理解し、言葉にして、アウトプットに変換していく翻訳家のような役割だと捉えています。

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