マーケティングアジェンダ

後編「愛を叫べ、意味を創れ」元P&G伊東氏&音部氏、エステー鹿毛氏登壇(聞き手:ドミノ・ピザ ジャパン富永氏)

消臭力のCMは、どのような思考でできたのか

富永:P&Gだけではないと思いますが、ブランドはなぜミゲルくんが消臭力と歌うようなテレビCMに手を出しにくいのでしょうか。

音部:そもそもブランドがあると何がいいかというと、長期的に利益を出しやすいいことが挙げられます。ブランドとして提供する便益は、ある程度、時代を超えて持続的に存在できるため、たとえ我々マーケターが寿命を迎えて死んでしまった後も、自分が担当したブランドはまだ元気よく世の中に愛されているという可能性もあります。それゆえ、すべての活動やコミュニケーションへの投資は、ベネフィットをどう魅力的に伝えるかということに集中するわけです。

 ミゲルくんのテレビCMのように、楽しく歌っている様子が全体の8割を占めるという構成は、我々からするとベネフィットに投資していないようで、もったいないと思ってしまうのです。それは、リスクヘッジとしては強いですが、踏み込みにくいという意味では弱点かなと思います。



鹿毛:これだけは、はっきり言っておきたいのですが、あのテレビCMは単に歌で勝負しているわけではなく、あるテーマに沿って戦略を立てて、インサイトを突くように考えています。POSデータも毎週チェックし、どのように跳ね上がるのか、消費者の気持ちはどう変化したのかを全て確認しているんです。そうでない限り、企業は投資できませんよ。

伊東:まさにその通りで、良い広告を打てば「ファブリーズ」も間違いなく2週目に数値が大きく跳ねます。良くない広告であれば、同じメディアの投下量でも動かない。我々もシビアに投資対効果を見ていますが、一般の方が見たら「変わった広告つくっているな」と思うようなエステーも、同じような精度で見ている。それが恐ろしいですよね。

富永:合コンに例えると、目の前に座った男性が年収2千万というベネフィットを持っていたとする。それによって女性はデートしようと思うかもしれない。それは、ベネフィットは人を動かす力があるということです。ただ、女性が実際にその彼と恋に落ちるかどうかはベネフィットだけの勝負ではなく、どんな展開でデートを重ねるか、どういう雰囲気で告白するかなど、一つひとつのシーンをしっかりと細かくコーディネートすることが必要になる。鹿毛さんが実行された戦略は、歌という要素を使って、ひとつの世界観をつくったことで、消臭力と消費者の間に「好き」を生み出したということなのではないかと思います。

鹿毛:その合コン理論で言えば、恋愛を成就させるために必要なものの1割は手法として体系化できるかもしれませんが、残りの9割はそうではありません。みなさんも、結婚している人は、なぜその人と結婚したのかを機能や価値だけで説明できないのではないでしょうか。ブランドとの関係も、恋人なのか、友だちなのか、関係値が絶対にあるはずです。その手法は体系化されていないため誤解されることが多いのですが、そうでもしなければP&Gのような大企業とは勝負できません。

音部:なぜその人を好きになったかを9割がた説明できないというのは、おっしゃる通りだと思います。それは人だけでなく、商品も同じこと。しかし、さきほどの例で、男が合コンで出会った女と恋をしたいと考えているのであれば、彼女の中のいい男の定義を自分に合うように変えればいいんです。

 それは騙すということではなく、しっかりと消費者理解をしたうえで、あくまでも消費者にその通りだなと思ってもらうということです。



富永:まとめると、音部さんと伊東さんは、まずはモテる男になることを目標に「モテる男の要件」を定義して、それを要素に分解して身に付けていく。そして、それが達成されたら、モテる男の魅力をきっちり伝えていくということをしているように思います。

 一方で鹿毛さんは、既存の条件でP&Gのような強敵に勝たなければいけないときにどうするかと言えば、とにかく「感情的に好きをつくる」しかないと考えて設計されたということですね。

 2社のアプローチはまったく違うんだけれども、どっちも卓越した領域にまで昇華していると思います。本日は、ありがとうございました。

<番外編「愛を叫べ、意味を創れ」登壇者が語りきれなかった物語は、こちら
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