マーケティングアジェンダ

番外編「愛を叫べ、意味を創れ」登壇者が語りきれなかった物語【聞き手:アジャイルメディア・ネットワーク徳力氏】

前回の記事:
後編「愛を叫べ、意味を創れ」元P&G伊東氏&音部氏、エステー鹿毛氏登壇(聞き手:ドミノ・ピザ ジャパン富永氏)
 盛況のうちに幕を閉じた「マーケティングアジェンダ2018」キーノート#1。終了直後に登壇者4人が、セッションを終えた感想と、語りきれなかったテーマについて話し合った。
 
  • 吉野家 戦略担当 顧問/OFFICE MASA代表 伊東正明氏
  • クー・マーケティング・カンパニー 代表 音部大輔氏
  • エステー 執行役 エグゼクティブ クリエイティブ ディレクター 鹿毛康司氏
  • ドミノ・ピザ ジャパンCMO 富永朋信氏
  • 【聞き手】アジャイルメディア・ネットワークCMO ブロガー 徳力基彦氏
 

P&Gの失敗から学ぶ「買う理由」のつくり方

徳力キーノートを振り返る前提として、まず押さえておきたいのは「ファブリーズ」と「消臭力」がお互いのシェアを奪い合うのではなく、新しい市場の創出を目指したということ。そして実際に、市場全体もしっかり伸びていたんですよね。ここは改めて、強調しておきたいポイントです。単純な営業活動ではなく、マーケティング視点での競争ならではの現象だなと。

伊東:もう一つ、買う理由の重要性についても指摘しておきたいと思います。これは、「ファブリーズ」の競合として、花王「リセッシュ」が発売されたとき、P&Gがおかした失敗から学んだ教訓です。

 「リセッシュ」が発売されると、当然ですが我々のシェアが下落しました。そこで当時のマーケターは、「リセッシュ」の除菌に対抗して、ファブリーズは「ダブル除菌です」と打ち出した。すると何が起きたかというと、市場全体が縮小してしまったんです。

 それはなぜか。ファブリーズは、それまで「ここに使ってください」「あそこに使ってください」という用途拡大につながるコミュニケーションに、年間数十億円を投資していました。それが一転して、「僕らの方が良い製品です」というコミュニケーションになったのです。

 そもそも私たちのカテゴリーの製品は、生活必需品ではありません。そこで、今までは使う理由をつくり続けてきたのに、それを急に止めて製品の優位性を主張してしまったがために、カテゴリー自体からお客さんが離れてしまったんです。



鹿毛:「ファブリーズ」が機能性を高めた、単なる企画商品になってしまったんですね。

徳力:ありがちな失敗パターンかもしれませんね。「とにかくあの競合に勝てば売れる」「自社の技術を売り込めば勝てる」と競合相手しか見えなくなってしまったということのでしょうか。

伊東:その状況を打破しようとつくったのが、「ファブリーズで洗おう」というコンセプトです。生活に対する商品の便益を改めて主張することで、無事に立て直すことができました。私が担当していたわけではないですが、当時のチームは偉かったと思います。

鹿毛:マーケターは競合のことも考えなくてはなりません。しかし、同じように環境や社会のことも考えなければいけません。私が以前、勤めていた雪印は、何十年ものの有名なワインを取り扱っており、消費者が夢中になってワインについて語り合っている光景を見ていました。しかし、エステーにきてみると、消費者は「消臭力」について会話することを恥ずかしがっていたんです。僕はそれを見て、日本の「消臭」というカテゴリーの地位を向上させたいと考えました。そのとき、競合のことは考えていないですよ。
 

「消臭力」のCMの裏側に隠された論理性

徳力キーノート前半の話をまとめると、まずはファブリーズが登場後にステルスでシェアを伸ばし、その後は置き型消臭芳香剤市場に本格参入。各社のマーケティング努力によって新しい市場が拡がっていったという流れだったと思います。そして後半の冒頭で、富永さんは2011年のエステー「消臭力」のミゲルくんのテレビCMによって、市場のダイナミズムが変化したとおっしゃってましたよね。具体的に、どう変わったのか、少し分からなかったので教えてもらえますか。

富永:一般的なブランドマネジメントは8つ程度の要素を決めて、それが消費者の頭の中に定着するように取り組んでいきます。鹿毛さんが実現したように、ブランドと消費者の間に「好き」をつくるためには、おそらく何百という要素をコントロールしなければいけないんです。これは手法として、体系化できていません。

音部:私や伊東さん、富永さんの方法論はそれぞれ違いながらも、再現性があるんです。そして、たとえ我々が担当しなくなっても、そのブランドが伸び続けられる仕組みができている。その証拠に、「ファブリーズ」はまだ伸びています。興味深いのは、鹿毛さんですよ(笑)。

徳力:鹿毛さんの2011年のアプローチは体系化や再現性が難しい領域に、消臭芳香剤市場を突入させたということでしょうか。そうなると今後、注目されるのは、鹿毛さん自身が同じ手法ができる後任を育てられるのかということですね。

伊東:しかし、今回のセッションで勘違いしてほしくなかったのは、鹿毛さんは思い付きではなく、きちんと理屈があって動いているということ。

音部:そう、それを私たちも分かっています。



伊東:P&Gには、「マインド&ハートオープニング」という考え方があります。人間の脳は多大なエネルギーを消費するため、疲れないように日ごろから一生懸命ムダな情報を削除しようとしています。ただし、削除されないようにする方法がある。僕は、それがインサイトだと信じています。

鹿毛:まさしく、2011年のテレビCMは消費者のインサイトに触れたんです。

伊東:P&Gが得意とする手法は、ロジックを用いてマインドをオープンにさせるということ。例えば、音部さんは「アリエール」で「部屋干しすると臭くなるのは、バイ菌のせいです。洋服にバイ菌がいるのは嫌ですよね」と訴えかけた。このようにロジックで説明されると、消費者は「なるほど」と思いますよね。

 一方、鹿毛さんのようにハートに訴えかけるのもマインド&ハートオープニングです。鹿毛さんは2011年にあのテレビCMを流すことで、消費者のハートを一気に開いてしまった。そして、そこに「消臭力」という商品を印象付けたんです。

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