マーケティングアジェンダ
精子セルフチェックサービス「Seem」に学ぶ、イノベーションの起こし方【後編】
2018/06/20
プロジェクトをどのように進めていったのか
馬渕 ジェンダーイコールを含め、いまの世の中には社会課題がたくさんあります。そうした社会課題に、我々はどのようにタックルしていけばいいのでしょうか。「Seem」は、リクルートがこれまでにやってきたこととはやや異なる、まったく新しいサービスですよね。リクルートという規模の大きな会社の中で、このイノベーティブなアイデアをどのように実現させていったのでしょうか。入澤 社会課題を解決するという目的は、誰が聞いてもわかりやすく、周囲の理解は得やすいと言えます。かつ、「精子のセルフチェック」というサービスはまだ世の中にないもので、しかもスマートフォンがあれば誰でも使えるという手軽さは、画期的なアイデアだったと思います。
しかし、私の所属部門は、「じゃらん」や「ホットペッパー」を担当しているネットビジネス本部。いきなり「Seem」のアイデアを持って行っても、「ナニコレ?」「おまえの趣味だろ(笑)」と言われてしまうんです。
馬渕 絶対言われますよね(笑)。
入澤 そこで目線を変えて、ヘルスケア関連事業部門の担当役員にアイデアを持って行き、プロトタイプをつくる費用をもらうことにしました。そうしてどうにか開発を進める中で、先ほども話に出たユーザーテストで一定の成果を得て、サービスの意義を確信することができた。そこからは、その成果を振りかざし(笑)、社会的意義を全面に打ち出しながら進めていきました。
馬渕 社会的意義を上手く説明することが、社内を説得し、プロジェクトをスムーズに進めていくための武器になったということですね。
萩原 加えて、「やっちゃった」というところが大きいのではないかと思っています(笑)。サービス設計も、プロダクトとしての形も、背景にあるストーリーも、すでに完成されていましたから。
入澤 入社して初めての案件が「Seem」だったので、ほかに関係者がおらず、ひとりで自由度高く動くことができました。ある程度、実現のための道筋を確立してからアイデアを持って行きましたから、「そもそも実現できるの?」という議論をショートカットして、「実現できるので、やりましょう」と話すことができました。
馬渕 僕が感心したのは、日本生殖医学会をきちんと巻き込んでいるということ。日本にはヘルステックの企業がたくさんありますが、正直なところ、「上手くいっている」と言える企業はそう多くありません。医学界は保守的で、トップレイヤーにいる医師や学会が納得しない限り、物事が進んでいかない。まさに“白い巨塔”の世界なのです。サンフランシスコでは、企業が業界の権威とコミュニケーションをとるためのエコシステムが出来上がっていて、日本とは全然違うと痛感しました。「Seem」は、そんな業界の構造を知ってか知らずか、医師たちを味方につけている点が秀逸です。サービスをローンチするまでの過程で、そのような手順をとることができたのはなぜですか。
入澤 「Seem」は、医療と民間ヘルスケアの間の曖昧な位置に存在するサービス。コミュニケーションを誤ると、ユーザーに「病院に行かなくていいんだ」と思われてしまうリスクがあります。そうなれば、医療機関に行くべき人を救えなかったり、逆に行かなくていい人を行かせてしまうことにもなりかねない。「Seem」はあくまでチェックツールであり、後押しはできても治療はできません。チェックをきっかけに、必要に応じて医療機関を受診すべき――そのことを明確にメッセージするよう気をつけています。
先生方にとって、患者さんが病院を受診することはウェルカムですし、一人でも多くの赤ちゃんを取り上げたいという気持ちも強く持っています。ですから、最初から「一緒にやっていきましょう」という目線で、先生方とコミュニケーションをとってきました。