あなたのクリエイティブ・ジャンプは何ですか?~ネプラス・ユー京都2024 特別企画~ #07

大阪から特急2時間30分。遠距離なのに年間120万人来園、動物園・水族館インスタフォロワー1位のアドベンチャーワールドの集客戦略【ネプラス・ユー京都2024特別企画】

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デザイン→マーケ→広報へのキャリアチェンジでつかんだナリス化粧品「シェアNO.1」と掲載アップ【ネプラス・ユー京都2024特別企画】
 アートとサイエンスを突き詰めて、ビジネス効果を飛躍的に押し上げる「クリエイティブ・ジャンプ」は、どのように生み出されるのか? そんなテーマに真っ向から挑むマーケティングカンファレンス「ネプラス・ユー京都2024((2024年5月20日・21日/ナノベーション主催)」に関連して、トップマーケターであるカウンシルメンバーによる寄稿に続き、関西などを拠点にクリエイティブな施策を展開する企業に「あなた(貴社)のクリエイティブ・ジャンプ」を訊ねていくAgenda noteの本連載。

 今回は和歌山県白浜町のテーマパーク「アドベンチャーワールド」を運営する株式会社アワーズ(大阪府松原市)が登場する。エンタメがひしめく関西で、大阪から特急で2時間半という遠距離にありながら年間120万人が訪れる同園は、プロモーション動画が1週間で100万回再生を突破するなど動画・SNS施策も奏功。その秘訣をアワーズ 経営企画室長の金崎伸一郎氏に聞くと、動物園ならではの「いのち」に特化した「パーパス・ドリブン」な施策が、集客や従業員の支持につながっていると語った。
 

動物園・水族館でフォロワー数1位


―― まずSNS施策について教えてください。SNSに注力したのは、パークが2カ月の休園などを余儀なくされたコロナ禍がきっかけですか。

 それ以前から注力してはいたのですが、やはりコロナ禍の影響が大きいです。何しろパークが休園し、飼育スタッフ以外は仕事がほぼ無くなってしまいましたから。ゲストが来園できないし、社員も大半が出社できない中、どんな価値を提供できるか。オンラインでできることを全社員からアイデア募集し、公式YouTubeで24時間何らかのコンテンツを配信しようということになりました。これなら飼育スタッフだけでなく、多くの部署の人間が関わることができます。

 動物たちの動画配信が「癒される」と話題になりましたが、それだけでなく歴代パークコスチュームのファッションショーやクイズなど、色々とやりましたよ。自宅で過ごす子どもを対象に、飼育員がライブで質問に答える「ミライSmile教室」は、現在も続く人気コンテンツです。

 2018年から始めていた公式Instagramは、2020年頃までフォロワーは6万人程度でしたが、2020年11月に生まれたジャイアントパンダの赤ちゃん「楓浜(ふうひん)」の影響もあって増えて現在では34万人と、当社が調べた限りでは国内の動物園・水族館で1位となっています。2020年4月に始めた公式YouTubeも、エンペラーペンギンの動画が海外でも拡散され2650万回も再生されるなど注目を集めました。

 コロナ禍中のSNS施策は、もちろんお客さまとの接点を維持する意味がありました。元々、国内客が99 %を占めるパークなので、休園終了後のお客さまの戻りは比較的、早かったです。ただそれ以上に、飼育スタッフや社員が自ら撮影・編集もこなすノウハウを身につけ、オンラインでもパークの価値を提供できることを実感できる、良い機会になったと思います。
 
株式会社アワーズ(アドベンチャーワールド) 経営企画室 室長
金崎伸一郎氏

 1995年入社。運営部、販売部等を経て経営企画室を担当。SDGs担当GMを兼務。

―― アドベンチャーワールドは約1,600頭の動物を飼育し、動物園・水族館・遊園地が一体となった珍しいテーマパークです。パークの現場で働く人と、内勤で働く人とは明確に分かれているイメージが強いですが、SNS施策は一緒にやっているのですね。

 少し珍しい組織体系かもしれませんが、アドベンチャーワールド(アワーズ)は飼育部門はもちろん、グッズや飲食部門なども完全に内製しています。運営部、販売部、経営企画室など各部署が対等に並列していて、階層式になっていません。また、SNSなどのデジタル・マーケティングやブランドデザインなどは、部署横断プロジェクトとして横串で走っているので、ブランドの統一性と、一気通貫した素早いサービスアップデートを両立しています。

 このような組織体制が確立されたのは、8年前に現代表の山本雅史が就任してからです。1978年に開業したアドベンチャーワールドはバブル崩壊後、団体旅行の激減などで危機に陥りましたが、個人のお客さまへのサービスを充実させるなどして乗り越えてきました。現代表が就任してからは企業理念を「こころでときを創るSmileカンパニー」と再構築し、「パーパス経営」を本格的に導入しました。パーパスが目指す大きな矢印に入っていれば、その中で各社員が主体的に行動して良い、という方針になったのです。

 たとえばパーク内に点在していた各部署の事務所を統合した新社屋をつくる際も、アンケートなどで全社員からアイデアを募り、まず社員自身がSmileでいられるような社屋を実現しました。コロナ禍のSNS施策で全社員からアイデアを募ったのも、その延長線上です。

―― 3月に公開したプロモーション動画が、公開後1週間でInstagramの再生100万回を突破しました。子育てに苦労する家族のリアルに迫った内容でしたが、なぜこの動画をつくったのですか。

 公式動画の多くは動物をメインにしていますが、今春のプロモーション動画「会いに行ったのは、君の笑顔でした」は、「子育て」を主軸にしました。予想以上に反響が大きく、「自分のことを見るようだった」「励まされた」「パークに行きたくなった」というご意見が多く寄せられました。
 

 マーケティング視点でいうと、当パークはコアな顧客はファミリー層なので、ファミリーに「刺さる」動画を狙ったということはもちろんあります。パークでの経験を原体験としてもらい、人生の中でリピートしていただくことでLTV(顧客生涯価値)の向上を目指しています。

 ただ、マーケティング的な視点とは別に、私たちが伝えたかったのは「いのちを育てることの尊さ」です。ストーリー作成の過程では、動物の飼育も人間の子育てと同じで、個体ごとに個性が違うから「正解はないんだよ」ということを伝えたい、という社員の意見も踏まえました。テーマパークは楽しく、感動を提供する「非日常空間」ですが、だからこそ「日常」のかけがえ無さを忘れがちです。今回の動画はあえて「日常」や、正解がない「子育て」にスポットを当てたのが訴求したのではないかと思います。

 アドベンチャーワールドはジャイアントパンダの世界有数の飼育実績でも知られ、実際、コロナ禍の「楓浜」の影響から分かるように、パンダの持つ集客力は非常に強いものがあります。一方で、「だれもがキラボシ」という企業理念は、パンダに限らずどんな「いのち」もスターとして活躍できる場所を目指しています。そして「いのち」には生物である人間も含みます。この動画に限らず、すべての施策の背景には命への尊重があるのです。

 昨年6月には「いのちは、なぜ?」という動画も公開しました。パーパスを映像表現したもので、パークは「いのち」を問い続ける場所にしたいという思いが込められています。

 アワーズの企業としての強みは、全ての生き物の「いのち」について、四六時中考えている人間が大勢働いている、ということです。そのユニークさを活かしてどんな企業活動ができるか。2015年に企業理念を策定し、2019年にはSGDsを正式に経営方針に盛り込みました。これらの理念に基づいていれば、あとは基本的にやりたいことをやれますから、現在は社員が出してくれたさまざまなアイデアをもとに、従来の枠を越えた施策を次々と実行しています。

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