Rising Academy powered by ノバセル ~若手マーケターの登竜門~ #11
お茶だけじゃない伊藤園の重要商品「野菜飲料」。追求してきた「こだわり」と新ユーザー開拓のジレンマとは?
昨年4月、大谷翔平選手のアンバサダー起用を「お~いオオタニサン!」の新聞広告で発表し、世間の度肝を抜いた伊藤園。緑茶飲料ブランド「お~いお茶」がグローバル攻勢を強める一方、長年取り組んできた野菜飲料の売上は大きく水を開けられている。
「Agenda note」が主催する次世代マーケティングリーダー育成プログラム「Rising Academy powered by ノバセル」(ライジングアカデミー)では、そんな伊藤園の野菜飲料を卒業課題として設定。受講生は講義で学んだ知見をフルに生かし、成果を出せるマーケティング戦略立案に臨む。
課題に先立ち、Agenda noteは同社野菜飲料の歴史と現在地について、マーケティング本部 野菜・果汁・乳酸菌・機能性・フードブランドグループ ブランドマネジャーの山口哲生氏に取材。見えてきたのは野菜飲料に宿る伊藤園の精神性と強いこだわり、そして市場多様化によるジレンマだった。突破口はあるのか、ヒントを探った。
「Agenda note」が主催する次世代マーケティングリーダー育成プログラム「Rising Academy powered by ノバセル」(ライジングアカデミー)では、そんな伊藤園の野菜飲料を卒業課題として設定。受講生は講義で学んだ知見をフルに生かし、成果を出せるマーケティング戦略立案に臨む。
課題に先立ち、Agenda noteは同社野菜飲料の歴史と現在地について、マーケティング本部 野菜・果汁・乳酸菌・機能性・フードブランドグループ ブランドマネジャーの山口哲生氏に取材。見えてきたのは野菜飲料に宿る伊藤園の精神性と強いこだわり、そして市場多様化によるジレンマだった。突破口はあるのか、ヒントを探った。
他人の真似をするな
―― 伊藤園といえばお茶飲料のイメージが強いですが、野菜飲料にはどのような歴史があるのでしょうか。
伊藤園は世界初の缶入りウーロン茶の開発・販売や、「お~いお茶」の前身となる缶入り煎茶の開発など、創業時から開拓者のような気質があります。
その中で野菜飲料は実は80年代前半から取り組んでいます。1986年にNatural Land ベジタブルという野菜果汁ミックス缶飲料を発売したときは、少し高価だったのですが、健康志向の高まりを背景に好感触を得ました。1992年に出した「充実野菜」は、それまで野菜ジュースといえば「不味くても健康のため飲むもの」だったのを、人参とリンゴをミックスして飲みやすく美味しくした画期的な商品となりました。
ここから一気に成長が始まり、1994年に「緑の野菜」、2004年に「1日分の野菜」、2007年「ビタミン野菜」、2011年「理想のトマト」、2012年「毎日1杯の青汁」を発売します。これらは軒並み、類似商品が後から続々と出てくるのですが、いずれも伊藤園が消費者に向き合い、競合に先駆けて新しい価値を創造・提案してきたと自負しています。「他人の真似をするな」。これが創業以来のポリシーであり、商品開発の根幹にもなっているのです。
野菜飲料の市場規模は「充実野菜」の発売を機に、競合も参入して大幅に拡大しました。ピークは2007年で、そこからは一時盛り返しつつも低減し、現在は約1400億円規模で推移しています。
―― 野菜飲料が直面する課題はなんでしょうか。
前提として、野菜飲料は野菜・食に近い存在ですから、社会情勢の影響を強く受けます。たとえば2000年代初頭は、中国の冷凍野菜の残留農薬問題で加工食品への不信感が高まり、市場規模が10%以上落ちました。2008年にもリーマン・ショックの影響で、ピークだった前年からガクンと落ち、なかなか回復しませんでした。また、原料調達がその時々の社会情勢や気候変動によって左右されやすいというのも、野菜・果汁飲料の特質です。
一方で、現在の私たちが大きな課題に感じているのが、そもそも約1400億円という限られた市場であるということです。コーヒー飲料であれば約8500億円規模の市場があります。プレイヤーが少ないという要因もありますが、野菜飲料市場をどうすれば5000億を超えられる市場まで成長させられるか。そこに根本的な課題があります。
―― 野菜飲料の訴求ポイントを教えてください。
(1)美味しく野菜が手軽に補えること、(2)栄養がどれだけ摂れたか分かること、(3)どんな野菜(原料)を使用しているか分かるので安心であること、の3点が挙げられます。
このうち(3)については、かつては原料原産地を個別商品で開示する義務はなかったのですが、2008年初頭に中国産冷凍餃子を原因とする薬物中毒事件が発覚し、消費者の間で原料原産地への関心が高まりました。野菜飲料についても産地の問い合わせが急増し、自主的に原料原産地をパッケージ表示することにしました。
ただ、原料原産地のパッケージ表示というのは実は簡単なことではありません。たとえば「ほうれん草」でポーランド産、日本産の両方を使っていて、前者の配合が多かったら、「ポーランド、日本」という順番で表示しなければならないと決まりがあります。もし不作などの事情で配合比率が変わると、変更前の資材は使えません。これを厳密に運用するのは大変な作業で、当時は他社もそこまでやっていなかったこともあり、社内でも業界でも反対の声が多かったです。しかし、伊藤園は「消費者が求めていることに対応しよう」という判断のもと、開示に踏み切りました。
「1日分の野菜」や「充実野菜」などのペットボトル製品には、色鮮やかに野菜や果実の原材料が表示されているのをご覧になったことがあると思いますが、産地も記されています。ほかの製品もQRコードやホームページで確認できるようになっています。
―― 産地表示は今では当たり前ですが、当初は業界でもチャレンジングな取り組みだったのですね。
そうです。(1)(2)についても逸話があります。厚生労働省は2000年に出した健康政策「健康日本21」で「野菜を1日350グラム以上食べましょう」と推奨しています。これを受けて当社は2004年に「1日分の野菜」を発売し、他社からも「1本で1日分の野菜を摂取できる」などと訴求する野菜飲料がどんどん出てきたのですが、2007年10月に「これらの野菜飲料の多くは野菜350グラムを下回る量の栄養素しか含んでいない」と新聞報道され、問題視されました。具体的には、緑黄色野菜を食べれば得られるはずの総カロテン、カルシウム、ビタミンC、マグネシウム、カリウムの5つの栄養成分が、推奨基準に達していなかったのです。
野菜を絞ったり殺菌したりする製造過程で、どうしても水溶性の栄養成分や食物繊維などの一部が失われてしまうことはあります。350グラムの野菜を使ってつくっていても、その分の全ての栄養成分は担保できていない実態はありました。この報道や批判への対応はメーカーごとに分かれ、「原料野菜の全成分を含むものではない」と明記する企業もありました。
伊藤園はどうしたかというと、報道が出てわずか3カ月後の2008年1月には、加工や搾汁で失われてしまう5つの主栄養成分をきっちり補った「1日分の野菜」へ変更し発売しました。「消費者が求めているのは野菜と共に栄養成分なのだ」という事実に向き合い、350グラム分の野菜の主要栄養成分が入った商品に改良したのです。栄養成分の表示も明確に出しています。使う原材料や工程は当然増えますが、この時は企業努力で価格を据え置きしました。