マーケティングアジェンダ2025 #18
米百貨店ノードストロームが人・データ・AIで実現する最高の顧客体験【マーケティングアジェンダ2025レポート】
2025/10/07
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国内外のトップマーケターが集結するカンファレンス「マーケティングアジェンダ沖縄2025」が5月21~23日、沖縄県読谷村で開催された。
2日目に行われたキーノートでは「米国・高級百貨店ノードストロームが、デジタルでも実現する伝説的な顧客体験」と題して、ノードストロームのテクノロジー部門におけるシニア・バイス・プレジデント ミーガン・キースター氏が登壇。資生堂ジャパン クレ・ド・ポーボーテ事業部マーケティングヴァイスプレジデントの清水明子氏がモデレーターを務めた。
百貨店市場が厳しいと言われる中でも需要を生み出し続け、時代に合わせた変革によって、同社のECは売上全体の30%以上を占めるまでに成長している。
成功のカギとなったのは、ノードストロームの顧客体験への徹底的なこだわり。AIとデータを駆使して、顧客満足度の向上、そしてビジネス成長を成し遂げた軌跡に迫った。

顧客体験や顧客満足度への強いこだわり
清水 本日はよろしくお願いします。まずは、ノードストロームについて教えてください。
ミーガン ノードストロームはアメリカ国内で約350店舗を展開する百貨店です。シアトルで靴の小売店としてスタートし、2026年で創業125周年を迎えます。2つのブランドがあり、一つはフルプライス(正価)のラグジュアリー小売店であるノードストローム、もう一つはオフプライス(割引価格)のノードストローム ラックです。売上全体の約35%はデジタルチャネルからで、コロナ禍には50%超まで跳ね上がりました。
清水 アメリカの有名ブランドの中にはデジタルの浸透率が10%台前半のところもあるそうですから、競合の2倍近い数字となりますね。ノードストロームには、コアバリューを象徴する“タイヤ”のエピソードがあると伺いました。教えていただけますか。
ミーガン アラスカ州の店舗にお客様が車のタイヤ4本を転がして来店されたエピソードですね。店舗がある場所に以前はカーショップがありましたが、店舗が変わっていることに気づかず、そこで購入したタイヤを返品したいと要望されたようです。本来であれば応じる必要はありませんが、当社は返品に対応しました。私も最初に聞いたときは「それ本当?」と驚きました。
清水 普通ならお断りしますよね。しかし、ノードストロームは現場の判断でそれを受け入れました。御社の現場スタッフには大きな裁量が与えられているということでしょうか。
ミーガン その通りです。ノードストロームでは非常にオープンな返品ポリシーを持っていて、「お客様第一」の考えに基づいて、現場スタッフが自分の裁量で判断できるようにしています。また、こういった要求に応えても違和感がないくらい、当社は顧客体験や顧客満足度に強いこだわりを持っています。「その行動が、顧客との長期的な関係性につながるかどうか」を大切にしています。
清水 返品に限らず、「顧客第一主義」という理念を店頭で具現化するために、現場スタッフの行動に関してどのようなKPIを設定しているのか、具体的に教えていただけますか。
ミーガン ノードストロームはラグジュアリー小売業ですから、お客様が来店するのは結婚式やお葬式、カンファレンスなどの特別なイベントを控えたタイミングが多いです。よって特に重視しているのは年間リピート率です。
それに加えて、ロイヤルティプログラムを通じたエンゲージメントを計測しています。ロイヤルティプログラムは階層構造になっており、最上位が「アイコン」、続いて「アンバサダー」「インフルエンサー」「メンバー」です。これはクレジットカードのプログラムとも連動しており、お客様はランクに応じてさまざまなイベントにアクセスできます。例えば、アニバーサリーセールの時期に特定のジュエリーブランドを招く「トランクショー」など。こうしたイベントの参加人数を計測しています。
清水 これからは、そのようなオフラインの取り組みをデジタル上でどう再現するかがポイントとなりますね。
ミーガン エンジニアとして働いていて一番ワクワクするのは、こうした「お客様とのつながり」をデジタルの世界で実現することです。靴の小売店だった頃、ノードストロームのスタッフは子どもたちに靴ひもの結び方を教えるようなトレーニングを行っていました。シアトルで育った多くの人は、子どもの頃にノードストロームで靴を買って靴ひもの結び方を教えてもらった思い出があるのです。
必要な時には対面、そうでないときはデジタル。オンラインとオフラインのバランスを取りながら両方をつなぎ、シームレスな体験をつくることが重要です。

ブランドのアイデンティティに直結することは人間が担う
清水 AIやデジタルの活用について、特徴的な取り組みを教えてください。
ミーガン 多くのECサイトや小売業者は、カスタマーサポートチームをAIで効率化していますよね。しかし当社は、カスタマーサービスはブランドのアイデンティティに直結する部分だと捉えています。よって音声ガイダンスでの案内や自動振り分けなどはなく、必ず人間が対応しています。最近ではかなり珍しいのではないでしょうか。
清水 目的に応じてAIを使うべきかどうかを決めているのですね。
ミーガン その通りです。技術チームやプロダクトチームは、つい「どう解決するか」に意識が向きがちです。しかし、当社は常に「お客様の立場ならどう感じるか」という問いを自分たちに投げかけ続けています。
清水 とはいえ、デジタル担当のスタッフが直接お客様と接することは少ないのではと思います。その感覚はどのように養っていますか。
ミーガン 私たちは、毎年夏のアニバーサリーセールとホリデーシーズン(10月~クリスマス)の時期に、全社員が最低2回は店舗で働き、直接お客様やスタッフとやり取りをする機会をつくるようにしています。こうした活動を通じ、お客様・現場スタッフ両方の視点を得られるのです。実際にお客様の視点で問題を解決しようとすると、スタッフのものの見方が大きく変わります。私にとっても「誰かの問題を実際に解決できた」と実感できる体験は、大きなエネルギーとなります。
清水 多くの企業では組織がサイロ化しており「デジタル部門はデジタル部門」「現場は現場」と完全に分断されてしまっていることもあると思います。御社はそれを越え、全員が「顧客視点」を得られる仕組みをつくっているのですね。
ミーガン サイロ化の解消には本気で取り組んできました。ここ数年の取り組みのひとつが、チーフ・デジタル・オフィサーの下で統一されたUX・デザインチームの中央集権化です。デジタル体験だけでなく店舗体験やマーチャンダイジング、物流などの社内ツールに至るまで、全社のあらゆるUXを担当しています。
また、仮想的なクロスファンクショナルチームもあり、プロダクト、ビジネス、テクノロジーの担当が1チームになって動いています。それぞれが「自分たちがコントロールできる範囲で決める」のではなく「本当に正しい決定ができるよう互いにサポートする」ことを意識しています。

「コンバージョンは最重要指標ではない」
清水 改めてお伺いします。ノードストロームは、どのようにテクノロジーを活用して顧客体験をつくってきたのでしょうか。
ミーガン ノードストロームは2018年にはすでにオンライン注文・店舗受取サービスを開始しており、当時デジタル経由の注文は全体の約30%を占めていました。その頃に技術的な変革を始めました。
具体的には、基幹システムの再構築、イベント駆動型アーキテクチャへの移行、データの中央集約、ビジネスイベントの定義などを行いました。これらを進めるにあたっては組織全体の意識を変革する必要があり、結果として安定した運用体制を築くまでに約5年の歳月を要しました。
ノードストロームは現在、トレジャーデータのカスタマーデータプラットフォーム(CDP)を活用しています。これによって、イベントを周知するターゲットを絞れるようになったのは大きな進展でした。また、当社の特徴的なサービスの一つに「無料のスタイリストサービス」がありますが、提案したスタイリングに対してお客様から直接フィードバックをいただけるようになったことが、CDP導入のもう一つのメリットです。このアプローチを可能にした要因としては「TrunkClub」という企業の買収も挙げられます。「TrunkClub」の仕組みによって、店舗に常駐しないデジタルスタイリストがお客様とやり取りをして、選んだアイテムを届けられるようになりました。
さらに最近では、ディスカウント業態のノードストローム ラックで新しいロイヤルティプログラムを導入しました。これは顧客が普段購入している洋服のサイズや好みのブランド、スタイリストサービス活用の有無など、これまでに収集してきた膨大なデータが基盤になっています。データを民主化したためスタッフがシステムを容易に活用できるようになり、デジタルにおいても実店舗においても様々なデータ活用ができるようになりました。この仕組みが整ったことは大きな転換点になったと捉えています。
清水 お客様からのフィードバックを得るために、インセンティブなどは用意されていますか。
ミーガン 特に用意していません。「カスタマーパネル」と呼ばれるグループを編成しており、UXやデザインのチームがその方々と密に連携して「この機能を使いたいと思いますか?」「この課題をどう解決したいですか?」といった質問をしながら、さまざまなアイデアを検証しています。
また、私たちは他の多くのデジタル企業と同様、Webサイト上で多くのA/Bテストを実施しています。小さな変更を加えたときに、お客様のエンゲージメントがどう変化するか、どのような影響が出るのかを常に観察しています。私たちの場合、「コンバージョンは必ずしも最重要指標ではない」と考えているのが特徴です。
清水 それは興味深いですね。多くの企業が売上やコンバージョンを追いかけている中で、なぜそのようなKPIを設定できたのでしょうか。
ミーガン ご指摘の通りで、当然ながら私たちもトップラインとボトムラインの両方を意識しながら、持続可能なビジネス運営を目指しています。しかし、コンバージョンだけを追いかけるのではなく、より広い視点でお客様との関係性を見ています。特に「単一セッションでのコンバージョン」は私たちが重視している指標ではありません。
私たちは一定期間を通じてのお客様の購買頻度や総支出額などに注目しているからです。社内には「Chief Customer Officer(最高顧客責任者)」がいて、彼はまさにお客様に徹底的にフォーカスしています。
清水 「お客様第一主義」を実現するために、具体的にどのような原則に基づいて進めたのでしょうか。
ミーガン どの企業でもそうですが、状況が厳しくなると部門ごとに閉じこもりがちになります。そうならないよう部門間に“緊張感”を生み出す仕組みを設けるようにしました。
マーチャンダイジング部門や店舗運営チーム、バックオフィスなどの縦割り構造を補完する形で「Three-in-a-box」という意思決定体制を導入しました。これはビジネス部門、技術部門、プロダクトマネジメント部門の三者が一体となって意思決定を行う体制です。スピード感を持って動くことができ、まるでスタートアップのように迅速に顧客体験を実現できるようになっています。
テクノロジー部門は“支援者”である
清水 スタッフ一人ひとりの意識改革には一定の時間がかかるように思います。その点についてはいかがでしたか。
ミーガン 創業125年となる当社が本格的にテクノロジーを導入し始めたのは1980年代以降です。技術系企業から転職してきた人材の中にはスピードが遅いと感じる人もいますが、私はノードストロームが積み重ねてきた歴史を背景に置きながら、そのギャップを埋めるよう努めています。
変革を進める上では、常にお客様の立場を大切にしています。「これが技術部門の正しいやり方です」と押し付けるのではなく、技術部門はお客様に最善の体験を提供するための“支援者”であるべきだと考えているのです。この「どうすれば助けになれるか」という姿勢こそ、私がノードストロームで一番大切にしていることです。
清水 最後に皆様に向けてメッセージをお願いします。
ミーガン 私にとっての最優先事項は「常にお客様を中心に据える」ことです。体験をできる限り良いものにするには何が必要か、お客様が何を期待し何を求めているのか。どのようにして煩わしさを取り除けるのかを常に考えることが重要です。「お客様にとっての使いやすさ」こそ、企業が永遠に追求していくべきことだと強く思います。
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マーケティングアジェンダ東京2025開催概要
- 名称
- マーケティングアジェンダ東京2025
- 日時
- 2025年11月26日(水)~27日(木)
- 会場
- 新宿住友ホール
〒163-0290 東京都新宿区西新宿2-6-1 新宿住友ビルB1F - 参加方法
- ブランド枠:無料(事前審査制)
プレミアムブランド枠:150,000円(税込み165,000円)
パートナー枠:400,000円(税込み440,000円) - 主催
- 株式会社ナノベーション
- 特別協賛
- アジェンダノート