B2Bアジェンダ2025
「データ品質」という戦略的必須要件【後編】BtoBマーケティング変革のためのフレームワーク
2025/10/14
10月16日・17日の2日間、国内最大級のB2B特化型マーケティングカンファレンス「B2Bアジェンダ2025 」が静岡・沼津のプラサ ヴェルデで開催される。
5回目の開催を迎える今回のテーマは「マーケティング組織の『事業貢献』を再定義し、必要な基盤を整備しよう」。
「リードを獲得する部門」「認知を拡大する部門」「営業支援ツールを制作する部門」ー BtoBマーケティング組織へのこうした偏った認識は、もはや過去のものになりつつある。商品部門とともに価値を生み出す。セールス部門とともに売上をつくる。カスタマーサクセス部門とともにブランドを育てる。顧客理解を経営にフィードバックする。こうした、“事業成長の中核”としての役割が求められているのだ。
マーケティング組織ができる/すべき「事業貢献」にはどのようなものがあるか? 事業貢献できる組織へとアップデートするために整備する必要がある「基盤」にはどのようなものがあるか? 本企画では、BtoBマーケターがこれらを検討するための“補助線”として、B2Bアジェンダのカウンシルメンバーがそれぞれの視点から問題提起を行う。
今回は、前回に引き続き、クラレ 経営企画室の中東孝夫氏が、BtoBマーケティングにおける「データ品質管理」の重要性を解き明かす。前回は、BtoB特有のデータが混沌(カオス)に陥りやすい根本原因を分析した。今回は、そのカオスを秩序あるインテリジェンスへと転換するための核心的要素「ファーモグラフィックス」と「ユニバーサルID」の戦略的価値を論じた上で、この変革を組織に実装するための実践的な枠組みとして「People(人材・組織)、Process(業務プロセス)、Platform(技術基盤)」の3つの側面から、具体的なアクションプランを詳述する。
5回目の開催を迎える今回のテーマは「マーケティング組織の『事業貢献』を再定義し、必要な基盤を整備しよう」。
「リードを獲得する部門」「認知を拡大する部門」「営業支援ツールを制作する部門」ー BtoBマーケティング組織へのこうした偏った認識は、もはや過去のものになりつつある。商品部門とともに価値を生み出す。セールス部門とともに売上をつくる。カスタマーサクセス部門とともにブランドを育てる。顧客理解を経営にフィードバックする。こうした、“事業成長の中核”としての役割が求められているのだ。
マーケティング組織ができる/すべき「事業貢献」にはどのようなものがあるか? 事業貢献できる組織へとアップデートするために整備する必要がある「基盤」にはどのようなものがあるか? 本企画では、BtoBマーケターがこれらを検討するための“補助線”として、B2Bアジェンダのカウンシルメンバーがそれぞれの視点から問題提起を行う。
今回は、前回に引き続き、クラレ 経営企画室の中東孝夫氏が、BtoBマーケティングにおける「データ品質管理」の重要性を解き明かす。前回は、BtoB特有のデータが混沌(カオス)に陥りやすい根本原因を分析した。今回は、そのカオスを秩序あるインテリジェンスへと転換するための核心的要素「ファーモグラフィックス」と「ユニバーサルID」の戦略的価値を論じた上で、この変革を組織に実装するための実践的な枠組みとして「People(人材・組織)、Process(業務プロセス)、Platform(技術基盤)」の3つの側面から、具体的なアクションプランを詳述する。
信頼できる唯一の情報源(Single Source of Truth)の確立:ファーモグラフィックスとユニバーサルIDの力
【執筆者】

中東 孝夫 氏
株式会社クラレ
経営企画室 室長補佐
消費財メーカーにてブランドマネジメントなどを手がけた後、外資系IT企業や大手通信会社でBtoBマーケターとして活動。 2001年からデマンドジェネレーション(案件創出)に携わる一方、ブランディング、インサイドセールス、顧客DB構築などBtoBでの幅広い経験を持つ。 2019年8月よりfreee株式会社にJoinし、執行役員 VP of Marketingを務め、公益社団法人 日本アドバタイザーズ協会 デジタルマーケティング研究機構 B2Bマーケティング委員にて設立時の委員長を務める。 2021年8月より株式会社クラレの経営企画室にて全社の様々な変革プロジェクトに関与する。
株式会社クラレ
経営企画室 室長補佐
消費財メーカーにてブランドマネジメントなどを手がけた後、外資系IT企業や大手通信会社でBtoBマーケターとして活動。 2001年からデマンドジェネレーション(案件創出)に携わる一方、ブランディング、インサイドセールス、顧客DB構築などBtoBでの幅広い経験を持つ。 2019年8月よりfreee株式会社にJoinし、執行役員 VP of Marketingを務め、公益社団法人 日本アドバタイザーズ協会 デジタルマーケティング研究機構 B2Bマーケティング委員にて設立時の委員長を務める。 2021年8月より株式会社クラレの経営企画室にて全社の様々な変革プロジェクトに関与する。
前回は、BtoB特有のデータが混沌(カオス)に陥りやすい根本原因を分析した。
それを理解した上で次に取り組むべきは、そのカオスを秩序あるインテリジェンスへと転換するための強固な基盤を構築することだ。その核心となるのが、ターゲット企業を深く理解するための「ファーモグラフィックス」と、乱立するデータを統合するための「ユニバーサルID」である。
ここでは、これらの戦略的要素が、いかにして信頼できる唯一の情報源(Single Source of Truth)を確立し、データドリブンなBtoBマーケティングを実現するかを詳述する。
- ファーモグラフィックス:BtoBセグメンテーションとターゲティングの設計図
B2Cマーケティングにおける「デモグラフィックス(人口統計学的属性)」が顧客個人を理解するための基本データであるように、BtoBマーケティングには「ファーモグラフィックス(Firmographics:企業属性情報)」が存在する。
ファーモグラフィックスとは、ターゲットとなる企業の属性情報を指し、効果的なセグメンテーションとターゲティング戦略の根幹をなす。
▶︎主要なファーモグラフィック属性
ファーモグラフィックスは、単なる企業名のリストを、戦略的に活用可能なインテリジェンスへと昇華させる。主要な属性と、その戦略的活用法は以下の通りである。
- 業種・産業:総務省の日本標準産業分類などの標準的な分類を用いることで、特定の業界に特化したメッセージングやソリューション提案が可能になる。
- 従業員数・売上規模:企業をエンタープライズ、ミッドマーケット、SMB(中小企業)といったセグメントに分類し、それぞれに適した営業アプローチや製品ラインを割り当てるための基本的な指標となる。
- 所在地(地理情報):営業テリトリーの策定、地域限定のキャンペーンやイベントの企画、物理的な距離が重要なビジネスにおけるターゲティングに活用される。
- 組織構造:本社か支社か、上場か非上場かといった情報は、意思決定の所在やプロセスを推測する上で重要な手がかりとなる。
▶︎ファーモグラフィックスの戦略的価値
豊富で正確なファーモグラフィックデータは、高度なBtoBマーケティング戦略を実行するために不可欠な燃料である。特に、特定のターゲットアカウントにリソースを集中投下するアカウントベースドマーケティング(ABM)においては、ターゲット企業の詳細なプロファイルを構築することが成功の絶対条件となる。
また、過去の受注顧客のファーモグラフィックスを分析することで、成功パターンの類似性から将来の優良顧客を予測する「予測モデリング」や、企業の特定の状況に合わせた「ハイパーパーソナライゼーション」を実現するためにも、高品質なファーモグラフィックデータが基盤となる。
- ユニークIDの力:国内の統合からグローバルな統制へ
前編で詳述した名寄せ問題や階層構造管理の困難さを根本的に解決する唯一持続可能な方法は、すべての企業データを、一意で、永続的で、かつ外部検証可能な企業識別子(ユニークID)に紐付けることである。これにより、表記ゆれや入力ミスに左右されない、「唯一の正」となる基準が確立される。
▶︎国内ソリューション:日本の法人番号
国内の企業データを統合するための最も強力なツールが、国税庁が日本のすべての登記法人に付与する13桁の「法人番号」である。
法人番号は、1法人に対して1つだけ割り当てられるユニークなIDであり、公的機関によって管理されているため信頼性が非常に高い。さらに、Web-APIを通じて誰でも無料で情報(商号、本店所在地、法人番号)を取得・利用できる。
この法人番号を社内の顧客データベースにおけるマスターIDとして活用することで、これまで手作業や曖昧なルールで行っていた名寄せ作業を、機械的かつ正確に行うことが可能になる。
注意事項としては、入手できるのは法人ごとの「正式名称」「本社所在地」などであり、「企業グループや資本関係」「業種」「従業員数」などの詳細な情報は、Web-APIからは提供されていないということだ。そのため、法人格の一意性を確保するために利用される。
▶︎グローバルスタンダード:D-U-N-S® Number
ビジネスが国境を越えるとき、法人番号だけでは不十分となる。ここで登場するのが、世界標準の企業識別コードである「D-U-N-S® Number(ダンズナンバー)」である。
D-U-N-S® Numberは、Dun & Bradstreet (D&B) 社が開発・管理する9桁の企業識別コードで、世界240以上の国・地域の数億件に及ぶ企業・事業所に付与されている。国連や国際標準化機構(ISO)などの国際機関や、Apple、FDA(アメリカ食品医薬品局)といったグローバル企業が取引先の認証に利用しており、国際的なビジネスシーンにおけるデファクトスタンダードとなっている。日本国内では東京商工リサーチがパートナーとして提供している。
D-U-N-S® Numberの最も強力な機能の一つが、「Family Tree linkage」と呼ばれる企業系列情報のデータベースである。これにより、どの企業が親会社で、どの子会社や関連会社を傘下に持っているのかをプログラムで正確に把握できる。これは、前編で指摘した企業グループのマッピングという困難な課題に対する直接的な解決策となる。
さらに、D-U-N-S® Numberは単なる識別子ではなく、D&Bが保有する世界最大級の企業情報データベース「Worldbase」へのリンクである。Worldbaseには、5億件以上の企業レコードと、詳細なファーモグラフィックス(業種、売上、従業員数など)が格納されている。企業は自社の顧客リストにD-U-N-S® Numberを付与し、それをキーにしてWorldbaseから膨大な量の高品質なデータを自社のCRMに付加(エンリッチメント)することができる。これにより、単なる顧客リストを、深い洞察を可能にする戦略的インテリジェンスデータベースへと変貌させることが可能になる。
法人番号とD-U-N-S® Numberは競合するものではなく、相互補完的な関係にある。国内ビジネスのデータ基盤を固めるためには法人番号が極めて有効であり、グローバルな事業展開、サプライチェーン管理、そして深い顧客理解を目指す企業にとってはD-U-N-S® Numberが不可欠となる。また、法人番号のほとんどはD-U-N-S® Numberともリンケージされている。
賢明な戦略は、まず法人番号を活用して国内データのクレンジングと名寄せを徹底し、その上でグローバル企業や主要アカウントに対してD-U-N-S® Numberを付与し、Worldbaseによるデータエンリッチメントを行うという段階的なアプローチだろう。
特徴 | 日本の法人番号 | D-U-N-S® Number |
対象範囲 | 国内(日本のみ) | グローバル(240以上の国・地域) |
発行機関 | 日本国国税庁 | Dun & Bradstreet (D&B) |
コスト | 無料でアクセス・利用可能 | ライセンス制(自社は無料、他社は有料) |
提供データ | 基本3情報(商号、所在地、番号) | 広範なファーモグラフィックス(Worldbase経由) |
階層データ | なし | 企業系列情報(Family Tree Linkage) |
主な用途 | 国内データのクレンジング、名寄せ、行政手続きの効率化 | グローバル商取引、サプライチェーン管理、リスク評価、戦略的アカウントマッピング |
API利用 | あり(無料の公開API) | あり(商用API) |
この比較から明らかなように、マーケティングリーダーは「どちらか一方」を選択するのではなく、「両方をいかに戦略的に活用するか」を考えるべきだ。法人番号は国内データベースの健全性を確保するための戦術的な必須ツールであり、D-U-N-S® Numberはグローバルな視点での戦略的優位性を確立するための投資と位置づけられる。
この二段構えのデータ戦略こそが、信頼できる唯一の情報源を構築するための現実的なロードマップとなる。