行動経済学で理解するマーケティング最新事情 #11

3回目の「緊急事態宣言」の効果が、薄くなってしまった理由

前回の記事:
社会人になっても学び続ける「習慣」は、どうすればできる? 行動経済学から解明した2つの方法
 

コミュニケーションの観点から考える新型コロナ対策


 4月25日、政府は「変異ウイルスの拡大に最大限の警戒が必要」として、東京、大阪、京都、兵庫の4都府県に対して3回目の緊急事態宣言を発出しました。

 東京で、どういった施設に対して「休業要請」が出されたかは「新型コロナウイルス感染拡大防止のための東京都における緊急事態措置等」を読めば分かります。2回目の緊急事態宣言とは違い、3回目は「やや厳しめ」と言えるかもしれません。

 一例を挙げると、床面積の合計が1000平方メートルを超える大型商業施設や、酒類かカラオケを提供する飲食店など、GWに想定していた「外出先」が多く含まれています。つまり外出の機会そのものを無くし、人流の抑制を最優先の目的としていると分かります。

 一方で、内閣官房の「新型コロナウイルス感染症対策」ページで公開されているデータを見る限り、緊急事態宣言の発出によって人流が強く抑制されているとは思えません。また、時間をズラして出社した帰り道、コンビニ近くの駐車場で「路上飲み」する人たちを見かける機会が増えたなと実感しています。

 政治家が「ステイホームを徹底して」「東京から出ないで、来ないで」「路上飲みは絶対に止めて」と言うほど逆効果を発揮して、人が動き、酒を飲む人が後を断ちません。つまり、政府や自治体と国民の間のコミュニケーションは第4波の現在において失敗しているとすら言えます。

 どうして、こうなったのでしょうか。この失敗の理由を知ることは、企業のコミュニケーション活動にも活かせるはずです。
 

「信頼を失ったから」はミスリード


 コミュニケーションが失敗している理由を「政府、自治体が信頼を失ったから」「不信感を抱いて反発しているから」と説明する人がいます。それも、一理あるかもしれません。新型コロナウイルス感染が広まってから1年以上経過しているのに病床が増えていません。また、20時以降の外出禁止を守っていない政治家が続出していますし、厚労省しかり大阪市しかり飲み会ルールを守っていない人たちは多いです。

 国民に対して「止めて」「控えて」と要請するばかりで、自分たちは守らない。要は羊頭狗肉(ようとうくにく)で、言っていることと、やっていることが違うのです。それでは信頼を失って当然です。

 一方で、いくら信頼を失っているからと言えども、人が大勢集まる場所に出向いたり、お酒を飲んで大声で騒いだり、感染するリスクが高い行為を自ら率先する理由にはなりません。人は非合理的な行動をしてしまう存在とはいえ、さすがに説明がつきません。

 そこで、発想を転換します。

 人は認知が歪むと、本人からすれば合理的だけど、他人からすれば非合理的な行動を起こしてしまいます。すなわちリスクが高い行動を自らとっている人は、「大勢が集まる場所に出向いたり、お酒を飲んで大声で騒いだりする行為は、感染するリスクが恐ろしく低い、あるいは感染しない」と考えているのではないか、と筆者は考えました。不思議に思うかも知れませんが、これらは「認知バイアス」で説明できます。

 現在、生き残っている⼈や物だけを調査して、淘汰された⼈や物を調査しないために誤った信念を持つ傾向を「生存バイアス」と言います。筆者は「『私の履歴書』症候群」と名付けました。日本経済新聞の人気連載「私の履歴書」に登場する著名人は、歴史の荒波を潜り抜けた、言わば「生き残った人」ばかりで、彼らの人生録を読んだとしても、生き残らなかった人たちとの差分を知らなければ、ときには誤った認識を持ってしまうこともあります。

 JX通信社調べによると、新型コロナウイルスの日本国内感染者は5月時点で累計60万人を超えます。こんなに感染者がいるのに、「私は今まで感染しなかった、だから⼤丈夫…」と考える人が居てもおかしくありません。「多少は手洗いを怠っても大丈夫だろう、今まで感染しなかったから」。「多少はアルコール消毒を怠っても大丈夫だろう、今まで感染しなかったから」。そうした「生存バイアス」の積み重ねが、感染リスクを少しずつ高めていくのです。



 加えて、自分にとって都合の悪い情報を過小評価してしまう「正常性バイアス」も強い影響を与えていると考えます。急激な事態の悪化についていけなくなり、今までの延長線上で物事を考えてしまう悪い癖の一種です。何の根拠も無いのに「大丈夫」という思考停止に陥るのも正常性バイアスが原因と言えます。

 生存バイアス+正常性バイアスが作用して、感染する確率を極端に矮小化して考え、この程度であれば感染もしないだろうと合理的に考えているからこそ、冷静に考えれば感染リスクの高い非合理的な行動をしているのだと筆者は考えます。

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