マーケティングは、どこまで人間を理解できるのか #12
人は自分の過去を後付けで再構成しながら、未来の行動を決めている【ポストディクション論考】
2021/06/15
記憶とコンテクスト
さらに時間スケールを拡大してみると、記憶とコンテクストの関わりもみえてきます。
なかでも古典的かつ有名なある実験では、ダイビングクラブの学生を対象者にして、水中と陸上でそれぞれ単語のリストを記憶させました。すると、後に思い出そうとしたときに、水中で覚えた単語はもう一度水に潜って水中で想起する方がよりたくさん思い出せるし、陸上で覚えた単語は陸上のほうがよく思い出せたそうです(脚注3・記事末参照)。
その後も様々なコンテクストで実験が実施され、メタ分析の結果でも、同様の効果が示されています。覚えたときと同じコンテクストにおかれると、記憶は想起されやすいのです。
たしかに、故郷の駅に着いたとたんに、子どもの頃の記憶がふと思い出されたり、若いころのドライブ中によく聞いていた音楽を久々に聴いて、その当時の出来事がよみがえってきたり、よくある気がします。瑛人さんの『香水』でも、「香水のせい」で思い出すことになっていますね。
マーケティングにおいては、いうまでもなく、キャンペーンやブランドに一貫性を持たせることが大切なことがここからも分かります。たとえば、マスメディアを活用したコミュニケーションに含まれていた情報が、店頭やeコマースで活用できれば、記憶想起に大いに助けになるでしょう。
ポストディクション:後付け再構成
ここでさらに、時間軸について考えてみたいと思います。これまでの事例は、過去から現在までの文脈が、感情、知覚、記憶想起などに影響を及ぼすという流れでした。時間軸としては、物理的な時間の流れと同じ方向です。
一方で、後に起こった出来事が時間の流れと逆行して、過去の事象の知覚や認識に影響を及ぼす「ポストディクション」という機能が近年注目されています。予測を意味する「プレディクション」の対になる概念で、ある種の造語です。
このポストディクションは、数十ミリ秒という非常に短い時間スケールから、数か月単位の長い時間スケールまで、さまざまなスケールで生じています。
下の図は、短い時間スケールでのポストディクションの実験の一例です(脚注4・記事末参照)。画面上に5つの白い円があらわれて、そのうちの一つが、提示後すぐに赤色に変化します。
実験参加者は、赤い円が出る前に、心の中で素早く一つの円を選択するように要求されます。赤に変わるまでの時間は非常に早い場合もあるので、間に合うときもあるし、間に合わないときもあります。いずれにせよ参加者は、自分自身が行った選択を、以下の三択から選んで回答します。
(1) 赤色に変化した円を選択していた
(2) 他の円を選択していた
(3) 選択する前に赤に変わってしまって、間に合わなかった
実験の結果をみると、赤に変わるまでの時間が250ミリ秒より短い場合、赤い円を選択していたと回答した率がチャンスレベル(20%)を超えていました。
選択肢(3)を選んでいないので、赤に変わる前に選択したと参加者は答えています。しかし、予知できるはずもないのに赤円になる円を選ぶ確率が高かったということは、後に出たはずの赤円が時間的に逆行して選択に影響を及ぼしていたわけです。
さらに長い時間スケールでは、私の以前のコラムで紹介した「選択盲」の例が挙げられるでしょう。おさらいすると、2枚の顔写真から魅力的だと思う方を選ぶという課題を何回か繰り返してもらった後、選んだ写真を再び見せて、その人を選んだ理由を聞くというものでした(脚注5・記事末参照)。
その実験の中で、こっそり実際には選ばれなかったほうの写真を提示すると、多くの場合、写真のすり替えに気づかない上に、すり替えられた写真について“選んだ理由”をもっともらしく説明までしてしまいます(参考:我々は自分の行動理由を本当に分かっているのか?)。
私自身を振り返っても、昨年に引越しとクルマの購入という比較的大きなイベントを経験しましたが、よせばいいのに、終わってからもそれらに関する書籍やウェブの情報を一生懸命に見直しています。
これもポストディクションの一種で、自分の選択の正当化をあと付けでしているとも考えられます。
まとめ
マーケティングでは、その性質上、将来の予測(プレディクション)に焦点が当たりがちです。「これまでこうだったから、次はこうなるだろう」というように。
しかし、消費者の主観的な満足度は、ポストディクションによる影響が非常に大きいわけで、それは「今こうなっているということは、あの時こうだったんだろう」という逆向きの流れです。
そうすると結局、次の選択や行動にもそのポストディクションが影響してきます。つまり、ポストディクションを知ることで、お客さまのロイヤルティもプレディクションの精度も上がるはずです。
私たち消費者は、ポストディクションによって自分の過去を後付けで再整理・再構成しながら、未来に向かってプレディクションしているのです。未来が過去を決め、その過去がまた未来を決める。
過去から未来への一方通行の時間の流れだけでなく、消費者の心理・行動の背景にある複雑な時間の流れを考慮することで、面白い発見につながるかもしれません。
<脚注>
1. Barrett LF, Mesquita B, Gendron M (2011) Context in emotion perception. Current Directions in Psychological Science, 20, 286 - 290.
2. Petit O, Velasco C, Spence C (2018) Are large portions always bad? Using the Delboeuf illusion on food packaging to nudge consumer behavior. Marketing Letters, 29: 435 - 449.
3. Godden D, Baddeley A (1975) Context dependent memory in two natural environments. British Journal of Psychology, 66: 325 – 331.
4. Bear A, Bloom P (2016) A Simple Task Uncovers a Postdictive Illusion of Choice. Psychological Science, 27: 914 - 922.
5. Johansson P, Hall L, Sikstrom S, Olsson A (2005) Failure to detect mismatches between intention and outcome in a simple decision task. Science, 310: 116 -119.
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