マーケティングは、どこまで人間を理解できるのか #17

「人間の脳は予測マシーン」脳科学の進歩が明らかにした新たな消費者像

 

内部モデルに基づく予測符号化


 すでに皆さんが予想されている通り、ボトムアップがあるのだから、トップダウンもあるのです。そして、無いはずのものが「見える」現象も含めて、私たちの知覚には、そのトップダウンの過程が非常に大きな役割を果たしており、近年ますます注目されています。

 脳の解剖学的な構造の話しから始めると、先ほど、網膜から視床を介して第一次視覚野、そしてそこから二手に分かれての並列階層構造を概観しましたが、それらの結合とは逆方向に、高次の脳領野からより低次へと向かう結合も存在していて、部位によっては、そのいわゆるフィードバック投射のほうの比重が大きいことさえあります。

 このフィードバック投射を通した処理経路がトップダウン処理の解剖学的な基盤となります。この経路の役割として近年注目されているのが、感覚器官から入力される刺激を予測する「内部モデル」を構成するというものです。一方で、先述したボトムアップの信号は、その予測と現実との誤差を伝えるものだとされます。これによると、知覚は、この両者の計算に基づいて脳が能動的に創り出すものであり、このようなモデルは予測符号化と呼ばれます。

 予測の役割を実感するために、以下の広告の文章を、ざっと読んでみてください。
 
出典:中尾清月堂プレスリリース

 富山県の老舗どら焼き店「中尾清月堂」による広告で、受賞歴もある大変有名なものです(脚注6)。文字の順序を入れ替えても意外と読めてしまう、いわゆるタイポグリセミア(Typoglycemia)現象と呼ばれるインターネット上で拡散されたネタを利用したものですね。これが読めてしまうのは、経験にもとづく内部モデルをもとに先を予測しているからと考えられ、逆に、もし入ってくる情報をもとに律儀に順序を入れ替えながら読んでいたら、かなりの時間と労力が必要になるでしょう。
 

次回以降の展望


 というわけで、今回の主題は、人間の脳は「予測マシーン」であるということでした。つまり脳は、感覚器官から入力される刺激に受動的に反応しているのではなく、常にその刺激を予測する内部モデルを前もって構成している。そして入力されてくる誤差情報をもとに内部モデルを更新し、外界を能動的に推定することが、知覚の基盤であるというものです。

 この予測符号化理論では、外界の知覚をベイズ統計学の原理になぞらえて説明しています。次回のコラムでは、この脳内でのベイズ推定の過程を、概念的に(ややこしすぎない程度に)深掘りし、広告コミュニケーションやブランディングを新たな視点から考察していく予定です。

 さらに、冒頭で述べた通り、この予測符号化の枠組みは、知覚のみならず、消費者のアクションや感情などに拡張されてきています。次回の内容を踏まえたうえで、さらにその先にこの連載でも対象を広げていき、新たな消費者像の提案に結び付けていきたいと思います。

 今回は出だしの部分だけだったので、少し物足りなく感じられたかもしれませんが、どうか今後もよろしくお付き合いください。


<脚注>
 
  1. Shepard RN (1990) Mind sights: Original visual illusions, ambiguities, and other anomalies. New York, NY: W. H. Freeman.
  2. Marian DE, Shimamura AP (2012) Emotions in context: Pictorial influences on affective attributions. Emotion, 12: 371 – 375.
  3. Friston K (2010) The free-energy principle: A unified brain theory? Nature Reviews Neuroscience, 11: 127 – 138.
  4. A. クリシュナ (著), 平木 いくみ (訳), 石井 裕明 (訳), 外川 拓 (訳) (2016) 感覚マーケティング 顧客の五感が買い物にどのような影響を与えるのか. 有斐閣
  5. Krishna A (2012) An Integrative Review of Sensory Marketing: Engaging the Senses to Affect Perception, Judgment and Behavior. Journal of Consumer Psychology, 22: 332 – 351.
  6. https://www.itmedia.co.jp/business/articles/1807/30/news083.html
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