トップマーケターたちに聞く価値共創時代のマーケティング #03

顧客による「誤読」の自由が、価値共創の可能性を広げる【Preferred Networks 最高マーケティング責任者 富永朋信氏】

前回の記事:
ファミマ足立氏でも勝率は3割、大事なのは挑戦して経験値を蓄積すること【価値共創時代のマーケティング】
 ソーシャルメディアの普及によって企業起点だけでなく、顧客による情報発信や評判形成、双方向のコミュニケーションを踏まえたマーケティング活動が重視されている。そんな価値共創の時代に、マーケターはどう価値を捉えて、商品やサービスを提供していくべきなのか。Facebook Japan マーケティングサイエンス統括 執行役員の中村淳一氏がトップマーケターにインタビューし、そのヒントや考え方を解き明かしていく。

 第2回は、西友、ドミノ・ピザなどでCMO(Chief Marketing Officer)として活躍し、現在はPreferred Networks / SVP 最高マーケティング責任者を務める富永朋信氏が登場する。前編では、顧客の「誤読」から始まる価値共創とは何か、ソーシャルメディアの普及によって複雑化した環境を踏まえてマーケティングコミュニケーションで成果を出すための話を詳しく聞いた。
 

「誤読」も価値のひとつ


中村 本日は、富永さんが考える「価値共創」についてお聞きしていきたいと思います。まずは、富永さんのご経歴からお聞きできますか。

富永 これまでメーカー3社、リテール3社、IT2社、ホテル1社の計9社で働いてきました。直近4~5社では、執行役員やCMOといった肩書きでマーケティングに携わってきています。また、会社における業務の他に、いろいろな企業や厚生労働省、復興庁など省庁でマーケティング・広報・HRといった切り口からの支援を行ってもいます。

メガネをした男性

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Preferred Networks / SVP 最高マーケティング責任者
富永 朋信 氏

中村 マーケティングを軸に幅広くご活躍されていますね。今回の連載テーマは、「価値共創」ですが、最初にこのテーマを聞いたとき、どのような印象を持ちましたか。

富永 最近は「価値共創」と言いながら、表層的な話ばかりしている人が多いなと残念に思っていましたので、中村さんとの対談であれば、骨太な話ができるだろうと期待しました。

中村 ありがとうございます。期待値が高いですね(笑)。では、さっそく本題に進みますが、富永さんは「価値」をどのように定義していますか。

富永 「価値」をひと言で例えると、お客さんによるサービス・商品の読解です。読解には作者、つまりマーケターの意図と整合した解釈もあれば、そこから離れた「誤読」もあります。読解という言葉の大元に倣ったアナロジーで説明すると、小説には作者の意図が込められていますが、ある読者は作者の想定していなかったシーンで感動したとします。私は、これもひとつの価値だと思うんです。小説は、一度作者の手を離れて世の中に広がり、さまざまな読者の元に届くと、ありとあらゆる読み方をされる可能性があります。そのように読者にもたらした感動は、作者が意図していても、意図していなくても、すべて価値だと思っているんです。

 これは小説に限った話ではなく、絵画でも映像でも、マーケティングのメッセージでも、商品から汲み取るベネフィットでも、同じです。お客さんがどんな形であれ、何かしらポジティブに感じることがあれば、それはすべて価値だと考えています。

中村 なるほど、誤読も価値になるわけですね。ではマーケターは、その誤読にどう向き合うべきなのでしょうか。

黒いシャツを着ている男性

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Facebook Japan マーケティングサイエンス統括 執行役員
中村 淳一 氏

富永 まず、多くのマーケターは自分が担当する商品やサービスについて、当初想定していた価値や競合との関係から市場でのポジショニングを考え、この軸で訴求すれば勝てるだろうという仮説を立てます。でも、もしかしたら、お客さんはマーケターの想定とは異なるポイントに魅力を感じるかもしれません。そうしたとき、マーケターはそれをお客さんが間違っていると捉えてはいけません。お客さんが感じている価値こそが正しいわけですから。

ソーシャルメディアが台頭する以前は、消費者調査などを通してお客さんが自分の想定していなかったPOD(Point of Difference:差別化ポイント)を感じていることに気づいたとき、そちらに戦略をシフトするべきか否かという分岐点に立っていました。また、最初から想定していた戦略が当たり、大ヒットしたとしても、いつかは頭打ちになり、そのときに別の切り口としてお客さんが捉えた価値を戦略に据えるということもありました。

つまり、ソーシャルメディアが普及する前のパラダイムでも、お客さんが誤読した視点で価値を捉えることは、リポジショニングしていく中で非常に重要な価値の見方、文字通り「価値観」の発見だったように思います。
 

顧客の「誤読」を拾いにいくのがマーケター


中村 お客さんがどのように価値を感じているかを理解することが非常に重要ですが、最近は「顧客中心主義」だと言いながらも、本当に顧客を理解しているのだろうかと思うようなケースも散見されます。現代のマーケターは、どうすれば顧客が感じている価値をもっと理解できると思いますか。

富永 人はある事象に対して「これはこうだ」とひとつの仮説を持つと、その中で物ごとを見てしまう性質があります。たとえば、ハンガーは洋服を掛けるためのものだと一度捉えてしまうと、それがたとえ「背中がかゆい」ときにかくのに便利な道具だったとしても「洋服を掛ける」という売り方以外は思い付かなくなってしまいます。その場合、洋服を掛ける以外の可能性が消えてしまうので、本当にもったいないですよね。

また、ユーザーインタビューをするときも、ある仮説をひとつ持つと、その文脈を前提とする尋ね方をしてしまいがちです。そうならないためには、自分が持っている仮説から一旦自由になる、つまり「離れる」ということが非常に重要だと考えています。

中村 そうかもしれないですね。たとえば、ソーシャルリスニングでお客さんが感じている価値を観察しようとするときも、バイアスを持たずに見るということが重要だということですよね。

富永 そうです。お客さんには、誤読の自由があるわけです。マーケターは、お客さんがする誤読をすべて拾いに行くという意識を持つことが必要だと思います。

中村 面白い視点ですし、「誤読の自由」という言葉がかっこいいですね。

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顧客の「誤読」について語る富永氏(左)と中村氏(右)

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