マーケティングは、どこまで人間を理解できるのか #19

マーケティングに大事なのは五感だけではない「内受容感覚」を知っておこう

前回の記事:
バイロン・シャープの「ブランド論」を最新脳科学の仮説から検証してみる
 

はじめに


この連載では、予測符号化理論や自由エネルギー原理など脳科学の新しい仮説的枠組みによって、人間としての消費者理解を深めることを試みています。シリーズ3回目である今回は、これまでの知覚とアクションの話しから感情へと話題を展開していきます。

 これまでのストーリーの詳細や具体事例は、過去2回を参照いただけると嬉しいですが、概念的な要点は以下の通りです。
 
  1. 人間の知覚は、入力されてくる感覚情報を受動的に反映したものではなく、脳内で構築された内部モデルによる外界の能動的な予測に頼っている。
  2. 入力されてくる感覚信号と予測に誤差があると、それを全体として最小化するように脳が作動する。
  3. 予測誤差の最小化は、ベイズ推定の原理で、予測を感覚信号に近づけるように更新する(知覚的推論)か、積極的にアクションを起こして感覚信号を予測のほうに近づける(能動的推論)ことで起こり、知覚だけでなく、意思決定や行動もこの枠組みで説明されうる。

 今回は、この「予測誤差の最小化の枠組み」を身体内部の感覚に適用しようとするモデルを紹介し、消費者の感情に関する示唆を得ることを目指します。

 そのために、まず「内受容感覚」という概念の導入から始めていきましょう。
 

マーケターも「内受容感覚」に注目すべきかもしれない


 マーケティングの文脈で「感覚」というと、いわゆる「五感」を指すことが多いでしょう。それは当然ながら、目や耳などの感覚受容器を通して入力される身体の外部の情報です。

 一方、心理学や脳科学においては長きにわたって、外部だけでなく、身体内部に関する感覚も注目されてきました。この文脈では、身体外部環境の感覚(いわゆる五感)は外受容感覚(exteroception)と総称され、それに対をなす概念として、この身体内の感覚が「内受容感覚」(interoception)と呼ばれます(脚注1)。

 定義にもよりますが、内受容感覚の代表的な情報源として、心臓やその他の内臓、血管や体液の状態、免疫系、体温などの身体内環境などが挙げられます。五感を通して外部の情報を取り込むのと同様に、脳には常にこのような身体内部の情報が入ってきているのです。ただし、そのほとんどは無意識に処理され、意識にのぼるのは(心臓のドキドキを感じるなど)、ごく限られた場合にすぎません。これも、五感と同様ですね。



 身体状態の感覚が注目されてきた理由の一つに、それが感情や意思決定に極めて重要な役割を持つらしいことが挙げられます。古くは19世紀末のいわゆる「情動の末梢起源説(脚注2)」に遡り、近年では、アントニオ・ダマシオの「ソマティック・マーカー仮説」でも、心臓の動悸や冷や汗などの不随意的な身体の変化が、感情の経験につながるとされています。

 なかでも、ダマシオらの研究では、身体内部の情報をうまく使えないと意思決定に問題が生じることや、皮膚の発汗や心拍などの生理指標が意思決定に先立って(無意識のレベルで)変化していることが明らかになりました。感情は、意思決定の邪魔になるどころか、むしろ必須の役割を果たしているのですね(文献1)。

 これまでも、たびたび触れてきたとおり、消費者の意思決定は、このような直感的な(気づいてさえいないことも多い)感情に大きな恩恵を受けています。その裏で、内受容感覚が重要な役割を果たしているなら、マーケターもその感覚を見過ごすわけにはいきません(脚注3)。

 個人的な経験では、つい最近あるプレスリリースで「五感で味わうレストラン」のような文言を見かけました。もしこの文言がメニュー開発や店舗設計、あるいは広告コミュニケーションの非言語部分にも配慮するコンセプトだとしたら、五感だけでなく内受容感覚も重要かもしれない、などと考えていました(もちろん、消費者に向けた広告コピーの中で「内受容感覚」と表現したら、意味不明で伝わりませんが)。

 いずれにせよ、ひとまず内受容感覚の概念の導入を終えて、本題に入っていきましょう。

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