トップマーケターたちに聞く価値共創時代のマーケティング #08

現代に葛飾北斎が降り立ったら通用する? マーケターが長く活躍するための唯一の道【クー・マーケティング・カンパニー 代表 音部大輔氏】

前回の記事:
熱烈ファンの多い『機動戦士ガンダム』から読み解く、マーケティングに価値共創が重要な理由【クー・マーケティング・カンパニー 音部大輔氏】
 ソーシャルメディアの普及や発達により、企業からだけでなく、顧客による情報発信や評判形成、双方向のコミュニケーションを踏まえたマーケティング活動が重要になっている。そんな「価値共創」の時代に、マーケターは価値をどう定義し、マーケティングの実務に落とし込んでいくのか。本連載では、Facebook Japan マーケティングサイエンス統括 執行役員の中村淳一氏がトップマーケターにインタビューし、そのヒントや考え方を解き明かしていく。

 第4回は、P&Gを経て、ユニリーバ、日産自動車、資生堂など数々の企業でマーケティングVPやCMOなどとしてマーケティング組織改革を実行してきた、クー・マーケティング・カンパニー 代表の音部大輔氏が登場する。Agenda noteでは、マーケティングの現場で悩んでいるマーケターからの質問に音部氏が答える「『音部で『壁打ち』」を連載し、今年4月にその内容から大幅に加筆してまとめた著書『マーケティングの扉 経験を知識に変える一問一答』(日経BP)を上梓。前編では、『機動戦士ガンダム』がマーケターに愛される理由と音部氏の考える価値共創について紹介した。後編では、音部さんが感じている時代の変化に伴うマーケティングの変化について詳しく聞いた。
 
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時代によって変化するのは手法であり、仕組みは変わらない


中村 デジタルやソーシャルメディアの普及など、移り変わりが激しい時代です。マーケティングに関して、何か変化を感じられていることはありますか。

音部 その問いには、昨年のマーケティング学会の基調講演で話した例でお答えしましょう。『孫氏の兵法』を書いた孫氏が現代にタイムスリップしたら、当時と変わらず活躍できるかという問いかけです。正解があるわけではありませんが、会場でオーディエンスに質問したところ、「活躍できる」と回答した人が半分くらいでした。では、「葛飾北斎はどうか」と聞くと、「活躍できる」と答えた人は7割で、「弓の名手である那須与一はどうか」と聞くと1割でした。
 
クー・マーケティング・カンパニー / 代表
音部 大輔 氏

P&Gジャパン、マーケティング本部に17年間在籍し、ブランドマネジャー、マーケティングディレクターとしてアリエール、ファブリーズ、アテント、パンパースなどのブランドを担当し、市場創造やシェアの回復を実現。のちにUS本社チームでイノベーションの知識開発をマーケティングとして主導。帰国後、ダノンジャパン、ユニリーバ・ジャパン、日産自動車、資生堂など多様な文化背景、製品分野で、複数ブランド群を成長させるブランドマネジメント、組織構築、人材育成を指揮。2018年より現職。博士(経営学 神戸大学)

この例が示唆するのは、その人の持つスキルについての解釈です。たとえば、孫氏を「春秋時代の軍事戦略家」だと捉えれば、現代では活躍できないと考えられますが、「戦略の要諦を掴んだ人」と解釈すれば、現代でも戦略コンサルタントやマーケティングコンサルタントとして活躍できるでしょう。

同じように、葛飾北斎を「木版画が得意な人」ではなく、「二次元あるいは視覚情報で人を感動させられる人」として捉えれば、現代ではCGアーティストとして活躍できるかもしれません。那須与一も「弓矢の名手」ではなく、「遠くの的に当てるのが得意な人」と認識すれば、ライフルを使えるようになる可能性が高いと言えます。

この考え方を基にすると、マーケティングの手法は時代によって変化します。しかし、マーケティングの本質としての仕組みは、実はあまり変わっていないと考えられます。

中村 さきほどお話されていたブランドに参加の余地を残すマーケティングも変わらないのでしょうか。

音部 それも仕組みの話なので、変わらないと思います。ただし、手法は時代と共に変化します。たとえば、口コミがマーケティングに活用されるようになった背景は、SNSが台頭してからだと多くの人が思っていますが、実はそうではありません。現在SNSが担っている役割を、以前はラジオが担っていたんです。

ラジオはマスメディアのひとつですが、同時にパーソナルメディアでもあります。ラジオのパーソナリティがリスナーを「皆さん」と呼ずに「あなた」と呼びかけるのは、ラジオがパーソナルメディアだからです。パーソナリティはリスナーにとって“友達”のような存在で、ラジオからの情報はその友達から聞く話として信用しています。これがラジオによる口コミの仕組みです。今はラジオがSNSになり、パーソナリティがインフルエンサーになりました。つまり、手法が変わっただけで、背後にある本質的な仕組みは変わっていないのです。

中村 確かに、参加の余地も普遍的な仕組みですね。ちなみに、ユーザーの声に触れられるタッチポイントとしてのメディアの変化については、どうお考えですか。

音部 口コミの場がラジオからSNSに移ったように、働きかけ方としての手法は変化しています。でも、第三者の口から聞くことで説得力が増すという考え方は、ずっと前からありますよね。

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