トップマーケターたちに聞く価値共創時代のマーケティング #10

価値共創とは顧客との握手である。マーケターがサービス・ドミナントロジックを活かして価値共創を取り入れるには?【スケダチ 代表 高広伯彦氏】(後編)

前回の記事:
「マーケティング=顧客中心主義」は間違い? サービス・ドミナントロジック視点から高広伯彦氏が「価値共創」を解き明かす(前編)
 ソーシャルメディアの普及や発達により、企業からの情報発信だけでなく、顧客による情報発信や評判形成、企業と顧客の双方向的なコミュニケーションを踏まえたマーケティング活動が重要だと言われる時代。そんな「価値共創」の時代に、マーケターはどう価値を定義し、マーケティングの実務に落とし込んでいくのか。この連載では、Facebook Japan マーケティングサイエンス統括 執行役員の中村淳一氏がトップマーケターにインタビューし、そのヒントや考え方を解き明かしていく。

 第5回は、博報堂や電通、Googleなどで、デジタルや広告領域の黎明期から携わり幅広い経験を持つ、スケダチ 代表 高広伯彦氏が登場。前編では、高広氏のこれまでの経歴と経験、サービス・ドミナントロジックや世の中の価値共創の認識について紹介した。後編では、サービス・ドミナントロジックの具体事例やソーシャルメディアの誕生による変化と、マーケターが価値共創の観点を取り入れるためアドバイスを詳しく聞いた。
 

セブン-イレブンと八代目儀兵衛のコラボ商品


中村 サービス・ドミナントロジックの観点から見た際に、今までのマーケティングのアプローチで「ここは変えていくべき」という部分はあるのでしょうか。
 
スケダチ 代表
高広 伯彦 氏

マーケティング・営業企画・事業開発支援業、及び、社会構想大学院大学にて特任教授。博報堂での営業職を皮切りにデジタルキャンペーンの企画職へ。その後、電通に転職。コミュニケーション・プランナーとして広告キャンペーンに携わる。広告代理店勤務時代には、デジタル広告分野での国内外の賞を授賞。2つの広告代理店を経て、2005年にGoogleに入社。同社の広告プロダクトやYouTubeの国内導入や日本におけるマーケティングのチームを率いる。Google退社後は、外資系広告テクノロジー企業の日本代表やB2Bマーケティング支援企業の代表なども経験。また現在に至るのまで、スタートアップから大手上場企業に至るまで、企業サイズや業種を問わず、マーケティングや事業開発のサポートをしている。関西学院大学卒業、同志社大学大学院(社会学修士)、京都大学経営管理大学院にて博士(経営科学)。

高広 基本的にマーケティングは一方通行ではなく、顧客とのインタラクションであると思います。しかし先述したとおり、そうした「二者関係(dyad)」だけで企業の経済活動が行われてるわけではないし、顧客側も一つの企業とだけ付き合っているわけではない。つまり「インタラクション」というのは、あちこちで起きているし、一つの「アクター」が複数の「アクター」とそれを行っている。企業においても、自分たちとビジネスを行っているパートナー企業や素材を仕入れたり、機会を仕入れたりしている取引先など、さまざまな資産と資源が取引・統合された上で、自分たちのビジネスはどのような位置付けで存在するのかを理解することが重要だと思います。

たとえば今、中村さんの目の前にある1本のペンが完成するまでに何社関わってきているか私にはわからないわけです。BtoCのマーケターも、BtoBのマーケターもそうですが、えてして自分たちの顧客に売る商品やサービスのことしか考えてない。しかし実際は、自分たちの商品にまつわる企業との結びつきがあるんです。マーケティングを深く捉えれば捉えるほど、実はマクロ的に考えるということになるんです。

参考:フリードマン「この鉛筆を作れる人は、世界に一人もいません」新自由主義の開祖が語る自由市場の偉大さ
 

中村 サービス・ドミナントロジックの考え方をうまく生かしている事例はありますか。

高広 私のnoteにも書きましたが、セブン-イレブンと八代目儀兵衛がコラボレーションしたコンビニおにぎりの取り組みなどはサービス・ドミナントロジック的だなと思いましたね。

中村 あのおにぎり、おいしいですよね。

高広 はい。大好きです(笑)。あの取り組みには、いくつかの要素があります。まず世の中の流れとして、海苔が不漁で高騰しているので、そもそもコンビニエンス業界として海苔のないおにぎりの方向にどんどんと向かっていると聞きます。これは、コントロールが不可能な環境的な変化(=マクロレベル・コンテキスト)と、そこから影響を受けた「業界」という「メゾレベル・コンテキスト」で起きていることと言えます。

一方で、二者間関係であるダイアド(dyad)や顧客のノウハウ、スキルといった視点で考えると、コンビニのおにぎりはそもそもあまりおいしいと思われていなかったり、米ではなく具がおいしいかどうかで判断されたりしていました。そのようなコンテキスト(=ミクロレベル・コンテキスト)が、コンビニである企業と顧客の間ですでに出来上がっていたわけです。

でもセブン-イレブンは、そこから米という品質にこだわり、海苔も含めたさまざまな産業の状況の中であの商品を生み出しました。顧客の中で培われたコンテキスト、つまり顧客側がこう思っているということと、企業側が提供するものの間で存在したギャップを、複数企業のスキル・ノウハウという資源を統合することで解消し、価値を共創的に発生させた成功事例だと思います。

つまりこの取り組みは、セブン-イレブン自身もおにぎりづくりに関して素晴らしいノウハウを持っていながら、八代目儀兵衛という外部のノウハウも生かしているということです。そのため、この事例では企業と顧客の他に、企業と企業のBtoBの共創が起きているわけです。そのように考えると、この取り組みにはマーケティングや事業の観点から面白い切り口がたくさん詰まっているんです。

中村 まさに価値共創の事例ですね。この場合、企業と顧客との価値の共創はどこにあるのですか。
  
Facebook Japan マーケティングサイエンス統括 執行役員
中村 淳一 氏

慶応義塾大学経済学部卒。現在京都芸術大学大学院芸術修士(MFA)在籍中。2002年に消費財メーカー、プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)入社、消費者市場戦略本部に所属。柔軟剤ブランド「レノア」の日本立ち上げのコアメンバーや、かみそりブランド「ジレット」、店舗営業チャネルシニアマネージャーを経たのち、13年からシンガポールにてグローバルメディア、アジア地域ビッグデータ担当のアソシエイトディレクターに着任。17年6月にフェイスブック ジャパン(Meta)入社。マーケティングサイエンスノースイーストアジア統括。他JMAインサイトハブコアメンバー等。

高広 セブン-イレブンは、コンビニのおにぎりもおいしくできるということを顧客側に提案しました。顧客側はそれを受け取って、「コンビニのおにぎりも美味しいんだ」と、今まで持っていたパーセプションを転換させるわけです。私からすれば、パーセプションも体験や経験から培われた顧客のスキルのひとつです。顧客が持っているスキルをポジティブに活かすだけでなく、この場合はネガティブなパーセプションを生かして、おいしいという価値を生み出しているわけです。

マーケターは顧客の価値を考えるときに、ポジティブな視点ではない部分も含めて考えることがすごく重要だと思います。つまり、これは「ギャップは何か?」を考え、見つけることになります。

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