マーケティングは、どこまで人間を理解できるのか #23

「有名店のラーメンのために、2時間並ぶべきか」トカゲから人間まで存在する脳内の共通通貨

前回の記事:
消費者起点というマーケティングの基本を見失わない「脳の動作原理」
 

今回の着目点


「私と仕事どっちが大事なの?」 
「いや、そんなの比べられないし・・・」

 よく聞く話ですが、皆さんは経験ありますか? 実際にどちらか選ばないといけないなら、どうしたらいいのでしょう。

ここまで極端な例ではないにしても、ダイレクトに比較が難しいような選択肢は日常生活の中でよくあります。

「期限が迫っている原稿をこれから徹夜で書くか、諦めてとりあえず仮眠するか」
「あの有名店のラーメン一杯のために、2時間並ぶべきか否か」

 それぞれ、どうやって決めたらいいのでしょう。コスパやタイパとか言って、自分の時給を計算したりするのでしょうか?

 私たちの脳内では、このような次元の異なる選択肢にも対応できるように、それぞれの選択肢を同一の尺度で評価していると言われています(注釈1)。いわば、脳内の「共通通貨(common currency)」のようなもので、しばしば選択肢の「価値」とも表現されます。有名店のラーメン一杯と2時間を共通の基準で比較しようというわけですね。

 そう聞くとずいぶん高度な機能のように思えますが、その原型は人間以外の動物にも広く見られます。たとえば、トカゲにも。今回の記事では、この話題から消費者の意思決定について考察し、最後にマーケティングに関連づけていきましょう。
 

トカゲにもできる


 カナダのある大学でゴールデンテグーというトカゲを使って行われた研究があります(注釈2)。トカゲは変温動物なので低温を避ける傾向があります。それを踏まえて、この実験では、エサを置くためのトレイの付近の温度を0℃から25℃まで5℃刻みで調節しつつ、その上に置くエサの個数もいろいろと変えて、行動を観察しました。



 すると、温度とエサの個数の間にはきれいな負の相関関係が見られ、低温だと多数のエサがないと取りに行かないけれど、じゅうぶんな温度があれば、少しのエサでも取りに行くという傾向が明らかになりました。

 だからなんだ、と怒られそうですが、これは結構すごいことです。温度とエサというまったく異なる次元のものを、一つの尺度に変換しているからこそ可能な行動なのだと考えられます。待ち時間の長さとラーメンを食べるかどうかの関係と似ていそうですよね。

 この話には、さらに先があります。多次元情報を単一尺度に落とし込んで意思決定に使うという現象は、どうやらカエルでは見られないというデータが報告されています(注釈3)。これらの結果から、脳内の共通通貨は、羊膜類と呼ばれる動物のグループで大きく発達したという仮説があります。羊膜類とは、トカゲを含む爬虫類のほかに、鳥類、哺乳類からなるグループです。その共通する特徴として、乾燥に耐えられる卵殻で囲まれた閉鎖卵が挙げられます。要するに、水中から陸上に進出した動物たちですね。枝分かれしてきた進化を下の図のように示すと、矢印の部分にあたります。



 水中、特に海の中は、陸上と比べると環境が比較的均質で、変動も比較的少ないのに対し、陸上の環境はとても複雑でダイナミックに変動します。そのような環境では、次元の異なる選択肢からの意思決定に次々と迫られます。

 そのため、それらの情報を単一の次元に落とし込んで、共通尺度によって迅速で効率的な意思決定をすることが、進化として適応的だったのだろうと考察されているのです。

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