マーケティングは、どこまで人間を理解できるのか #24

話題になると、なぜ売れる? 他者評価が消費者の主観に与える社会的影響力を解き明かす

前回の記事:
「有名店のラーメンのために、2時間並ぶべきか」トカゲから人間まで存在する脳内の共通通貨
 

今回の着目点


「Beauty is in the eye of the beholder」

 これは、英語でよく耳にすることわざのようなものだと思います。直訳すると「美は見る人の目の中にある」、少し意訳すると「何が美しいかはその人の主観による」というような感じでしょうか。

 しかし、実際のところは、どうなのでしょう。美しさ、面白さ、美味しさなどの評価は、他の人の意見、判断、行動など、社会的影響を強く受けることが知られています。さらには、進学先や就職先、住む場所、お付き合いする相手、ブランドに対する態度、日用品、耐久財、どんなレベルの意思決定でも、まったく他人の評価が影響しないということは非常に稀です(脚注1)。

 だからこそ、ユーザーレビューやテスティモニアル、インフルエンサーや、昨今のSNSマーケティング全般やその実践に深く根ざしているのでしょう。行動経済学における「バンドワゴン効果」などでもお馴染みですね。

 ということは、美は「見る人の目の中」ではなく「社会」にあるのでしょうか。つまり、自分自身の主観的な価値は、他者の意見など社会的影響によって変わってしまうのでしょうか。それとも、実際の主観的評価は残しつつも、「仲間外れにされたくない」や「むやみな対立を避けたい」、「他者から良く見られたい」などの思惑で、表面上だけ取り繕って合わせているだけなのでしょうか。

 今回は、この消費者個々人が受ける社会的影響に注目して、その心理・脳内過程の考察から行動科学のモデルへと話を展開していきます。
 

他者の評価で「主観的価値」の脳内表象が変化する


 心理学の実験では、たとえば次のような手続きで、主観や意思決定への他者の評価の影響が観察されます(脚注2)。
 
  1.  画面上に、順番に提示される顔写真の魅力度を7段階で評価していく。
  2. その後、それぞれの顔について、他の数百人の参加者による「平均値」を教えられる。
    • ただし、この平均値はダミーで、その参加者が答えた値よりも高いもの、ほぼ同等のもの、低いものがバランスよく分布するように調節されている。
  3. もう一度、それぞれの顔の魅力度を問われる。

 これだけのシンプルな操作でも、2回目の評価は「平均値」に影響され、他者の評価が高いものは自分の評価も上がり、低いものは下がる傾向が示されています(脚注2)。

 この同じ研究の中で、もう一歩踏み込んで、2回目の評価における脳活動を調べることで、他者の評価に応じて活動が異なる脳部位が報告されています(脚注2)。実はそれが、中脳のドーパミンニューロンからの投射を受ける線条体の一部だったのです。

 この脳部位は、前回(「有名店のラーメンのために、2時間並ぶべきか」トカゲから人間まで存在する脳内の共通通貨 )ご紹介した通り、異なる種類の情報を脳内の共通通貨、つまり「価値」に置き換えて意思決定に寄与する「脳内報酬システム」の中枢としての役割を持つのでした。進化の流れで見ると比較的古いシステムで、複雑な環境への適応に寄与してきたと考えられているのでした。

 つまり、少なくともこの実験の場面においては、自身の意見が他者の評価に合わせて変わるというのは、単に表面的に他人に合わせて取り繕っているのではなく、実際に自身の脳内で表象される価値自体が変わっているようです。その後の別の研究では、食べ物の好みの回答や脳活動においても、同様の変化が観察されています(脚注3)。

 このように、他者の評価や意見に合わせて、自分の意見や決断を柔軟に変えていく過程は、生物としての人間にとって「価値」が高いものを追求するための脳内システムに支えられているようです。「意見を合わせる」というのは、「意思が弱い」や「自分の意見を維持する忍耐がない」など、ネガティブな意味ではなく、むしろ社会に適応していくために積極的にそうするように動機づけられている、と論文では考察されています。美は社会の中にあるというよりは、社会に合わせるように美の価値を自分で積極的に調節しているという感じでしょうか。

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