鹿毛康司、モダンエルダーを目指す #04

「マーケターよ、一度でいいから作詞しろ」 無印良品で本当の共創に挑む若き天才

前回の記事:
「愚かなマーケターになるか、真実のマーケターになるか」その境目を鹿毛康司がコーヒーオタクのマーケターと語る
「モダンエルダー」という言葉を知っていますか? 若者に耳を傾けて新しいことを受け入れながら、エルダーとしての力も発揮する「職場の賢者」のことを指します。日本を代表するマーケターであり、クリエイティブディレクターでもある鹿毛康司氏がモダンエルダーを目指して、様々な若手にインタビューしていく企画です。

 鹿毛氏は「過去うまくいったことも、今ではうまくいかないことがあります。自分としては、思考能力はまだまだ大丈夫だと思っている一方で、時代との何らかのズレを修正し続けなければいけないと、恐怖を感じているんですよ」と語ります。本連載では「若者に教えてもらう」をテーマに、時代とビジネスの勘どころを探っていきます。

 第4回は、良品計画 EC・デジタルサービス部 デジタルコミュニケーション課 共創企画チームの篠原佳名子氏が登場します。同氏は、X(旧Twitter)、トリドールホールディングスを経て、2022年に良品計画へ入社。デジタルマーケティングに関する経験を生かしながら、リアル店舗を持つブランドのマーケティングに挑んでいます。自身もバンドマンとして活躍する篠原氏が、鹿毛氏に「天才」と評される理由とは。顧客との共創における篠原氏のスタンスや考え方を、鹿毛氏が丁寧に紐解きました。
 
 

デジタルを追求してきたからこそ、アナログの大切さを理解できる


鹿毛 まずは、篠原さんの経歴から教えてもらっていいですか。

篠原 1社目は、動画制作とマーケティングの支援を行うViibar(現VideoTouch)です。次に、もっとグローバルかつプラットフォーマーのスピード感がある環境で働きたいと思い、X(旧Twitter)に入社しました。そこから、マーケティング支援会社ではなく事業会社でPLに責任を持つ経験を積みたいと考えてトリドールホールディングスにいき、同社が持つ海外子会社ブランドのマーケティングや海外ファストカジュアル店の日本上陸プロジェクトなどを担当しました。

鹿毛 一見、経歴が一貫していないように見えるんだけど、キャリアの筋は何だろう。

篠原 私はデジタル、グローバル、ライフスタイルという3つの柱でキャリアを築いていると思っています。
 
良品計画 EC・デジタルサービス部 デジタルコミュニケーション課 共創企画チーム
公益社団法人 日本アドバタイザーズ協会 デジタルマーケティング研究機構 幹事 兼 コミュニケーションプランニング委員会 委員長
篠原 佳名子 氏

 2022 年良品計画 EC・デジタルサービス部入社。”共創”というキーワードを軸に、ファンマーケティングや、商品開発やサービス改善につながる VOC 活用の推進を行う。
社外では公益社団法人 日本アドバタイザーズ協会 デジタルマーケティング研究機構 幹 事にも就任し、最年少委員長として、デジタルが当たり前になった世界でのマーケティングの実践研究を行う。
 これまでは Twitter・トリドールホールディングスにて、マーケティングコミュニケーショ ンの領域で戦略立案と実行を推進。
 プライベートでは音楽家として、クラフトビールに世界一合うバンド”THE LOCAL PINTS”のボーカルギターを務め、同バンドの作詞作曲も行う。これまで作曲家として乃木坂46やRADIO FISHへの楽曲提供を行っている。

鹿毛 デジタルという領域は、本当にあると思いますか。

篠原 はい、あると思います。「時間」と「距離」を超えることは、デジタルにしかできないと思っています。

鹿毛 反対に、デジタルにはできないことは何でしょうか。

篠原 「肌触り」や「温度」を伝えることですね。

鹿毛 そうだよね。あとは、デジタルでは「笑い」も起きにくいですね。たとえば、私が大学院で講義しているときに、「早くしてくれよ、俺は早く終わってビールが飲みたいんだから」と言ったとします。アナログであれば、そのとき目が合った誰かに「これはギャグだぞ」という合図を目で送ると、その人がパッと笑うから、その瞬間に教室全体にブワッと笑いが広がります。

でも、オンラインではそれがギャグだと伝わらず、「大切な授業中になんてことを言うんだ」という反応になってしまうんですよ。それで、アナログとデジタルのコミュニケーションのやり方は違うんだということがわかってきましたね。

篠原 そうですね。同じことを伝えても、環境によって捉え方が大きく変わりますよね。私は、デジタルがキャリアの強みになってはいますが、だからこそデジタルではできないことがアナログにあるということも知っているので、リアルを大切にしているんです。そういう理由もあって、事業会社では店舗を持っている業態をキャリアとして選択しています。お店が好きなんです。

鹿毛 本当にそうだよね。デジタルに強みを持っている人は、リアルのことも分かっているんですよ。Googleなどのデジタル系の企業では、一生懸命テレビCMに取り組んでいませんか。それは、リアルに価値を感じているからということだよね。
 
かげこうじ事務所 代表 マーケター クリエイティブディレクター
鹿毛 康司 氏

 2020年、エステー クリエイティブディレクター(役員)を退任して現在にいたる。 早稲田大学商学部卒、ドレクセル大学MBA。現在は森永乳業、ほけんの窓口、バーガーキング、ベストコ(塾)会社など様々な企業のマーケティングとクリエイティブの支援をおこなっている。同時にグロービス経営大学院(MBA)教授として社会人学生にマーケティングを指導。2021年には著書「心がわかるとモノが売れる」で、マーケティングに必要なインサイトと人間理解論を実務家の視点で発表した。マーケティング立案、特に時代に新しいコンテンツマーケティングやファンマーケティングも得意とする。クリエイターとしてもCMプランナー/監督/コピーライター/作詞作曲などもこなす。2011年の東日本大震災直後に手がけた「消臭力CM」は好感度日本1位を獲得)。ACC Gold、マーケターオブザイヤー(MCEI)、WEB人貢献賞など受賞。

篠原 そうですね。先日、世界最大規模のテクノロジーの見本市「CES」に参加するために米国・ラスベガスへ行ったときにも、ネバダ州が日本円にして何千億円という大金をかけてつくった世界最大の球体型複合アリーナ「SPHERE(スフィア)」に、Googleが広告を出していました。広告を1日掲載するのに、数千万円という費用がかかるらしいです。

鹿毛 そんなにかかるの!

篠原 はい。だから、やっぱり本当にリアルの世界に対して投資をしているのだなと思います。デジタルに導きたいのであれば、やはりリアルの場で知ってもらうことが非常に重要です。

鹿毛 篠原さんのすごいところは、そこなんです。デジタルとアナログ、その両方の大切さをわかっているんですよ。

篠原 ありがとうございます。結局、X(旧 Twitter)で盛り上がるのも、リアルで何かが起きているからなんですよ。自分のキャリアを考えたときに、リアルの世界も勉強しなければ人の心は動かせないと思ったからこそ、リアル店舗を持つ会社でキャリアを積み重ねています。ECやデジタルですべてが成り立つとはまったく思っていません。

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