トップマーケターたちに聞く価値共創時代のマーケティング #15

プレステージ・ブランドの真髄とは? 資生堂 清水氏が語るストーリーを紡ぐことの大切さ

前回の記事:
花王「ビオレUV」の新戦略、3Sサイクル(Scene・SNS・Store)の真価
  ソーシャルメディアの普及や発達により、企業からの情報発信だけでなく、顧客による情報発信や評判形成、企業と顧客の双方向的なコミュニケーションを踏まえたマーケティング活動が重要だと言われる時代。そんな「価値共創」の時代に、マーケターはどう価値を定義し、マーケティングの実務に落とし込んでいくのか。この連載では、Facebook Japan マーケティングサイエンス統括 執行役員の中村淳一氏がトップマーケターにインタビューし、そのヒントや考え方を解き明かしていく。

 第8回は、日用品からラグジュアリーまで幅広い商品のマーケティングを経験してきた、資生堂ジャパン プレステージブランド事業本部 プレステージブランドマーケティング本部 本部長の清水明子氏が登場。商品やサービスのストーリーに着目して価値を届ける重要性など、これまでの同氏の経験を中心に価値共創の本質について詳しく語ってもらった。
 

数百円のシャンプーから300万円のコートまで


中村 本日は、清水さんが考える「価値共創」について、いろいろお聞きしていきたいと思います。まずは、清水さんのご経歴からお伺いできますか。

清水 私は少し変わったキャリアを歩んでおり、大学では法学部に在籍しながら、学芸員(博物館や美術館などの文化施設で、美術品や資料などを収集、研究、保管、展示を行う)の資格を取りました。法律と美術というそれぞれ論理と感性を扱う対極の学問を学んだ人間が、マーケティングの何たるかを知らないまま新卒でP&Gのマーケティング本部に入りました。
 
資生堂ジャパン プレステージブランド事業本部 プレステージブランドマーケティング本部 本部長
清水 明子 氏

 資生堂ジャパン株式会社プレステージ事業本部マーケティング本部長。新卒でP&Gマーケティング本部入社。マックスファクター、パンテーン等を担当後、読売新聞社文化事業部に転職し美術展のマネージメントに従事。日本ロレアル、クラランスで化粧品のマーケティングに携わったほか、シャンパーニュ、ファッション等ライフスタイル領域でマーケティングに従事し、戦略設計と感性によるクリエイティブ思考の双方を強みとする。直近はLVMH傘下のロロ・ピアーナにてVice President Marketingを務めたのち、2022年より現職。

中村 すでに情報が盛りだくさんですね(笑)。大学では法律を学びながら、学芸員の資格も取られたんですね。

清水 はい、もともとアートが好きだったんですよ。

中村 それが、なぜP&Gのマーケティング本部に新卒で入社されたんですか。

清水 それは、たまたまなんです。

実はもともと広告会社に行きたかったんです。モノの付加価値とは何か、心を動かすとはどういうことか、に興味があったんですよね。当時のP&Gは、現在のマーケティング本部を宣伝本部と呼んでいたので、「広告をつくるところなのかな」と選びました。

中村 P&Gでは、どのようなブランドを手掛けてきたのですか。

清水 最初は化粧品ブランドの「マックス ファクター」を担当しました。そのあとヘアケア ブランドの「パンテーン」の担当になり、14日間キャンペーンに取り組みました。このキャンペーンは当時苦戦をしていたパンテーンの、最初のトライアルを獲得することを目的とした14日間試して、その効果を実感してもらうという施策で。

その後、アートに関わる仕事を経験したいと思い、読売新聞の文化事業部に転職しました。アンリ・マティスの展覧会「マティス展」などを手掛け、当時はマティスのお孫さんや、パリにあるポンピドゥー・センターの館長さんなどと一緒にお仕事をしました。

中村 すごいご経験ですね。P&Gのときとは、必要となる能力が違いそうですね。
 
Facebook Japan マーケティングサイエンス統括 執行役員
中村 淳一 氏

 慶応義塾大学経済学部卒。現在京都芸術大学大学院芸術修士(MFA)在籍中。2002年に消費財メーカー、プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)入社、消費者市場戦略本部に所属。柔軟剤ブランド「レノア」の日本立ち上げのコアメンバーや、かみそりブランド「ジレット」、店舗営業チャネルシニアマネージャーを経たのち、13年からシンガポールにてグローバルメディア、アジア地域ビッグデータ担当のアソシエイトディレクターに着任。17年6月にフェイスブック ジャパン(Meta)入社。マーケティングサイエンスノースイーストアジア統括。他JMAインサイトハブコアメンバー等。

清水 はい、全然違いますね。全然違うからこそ自分の思考の幅を広げられたように思います。また、スティーブ・ジョブズのConnecting Dotsではないですが、後から振り返るとアートの仕事に関わったことが、培った人脈含めてとても役に立っています。

その後にロレアルで担当した「シュウ ウエムラ」での数々のアーティストとのコラボレーション、ペルノ・リカールという酒造メーカーで、シャンパーニュやコニャックのマーケティング マネージャーを務めたときの「アート」を軸とした富裕層へのマーケティング、そして何よりもアートという「正解のない問」に向き合う中で、思考やクリエイティビティの幅を得た気がします。「お酒」という「機能」での差別化が難しい、イメージ勝負の市場では商品の機能を越えた魅力を、どのように情緒的な価値に乗せて提供するかを考えました。

中村 日用品から化粧品、酒類に渡るまで、非常にユニークなご経験をされていますね。

清水 その後、化粧品ブランドのクラランスに入ってマーケティング ディレクターを務め、商品戦略や広告、PRに加えて店舗のデザインやCRM、ECなど顧客の体験設計に関わるすべてを包括的に見るという経験をさせてもらいました。各店舗での売上の数字のつくり方と店舗に導入する椅子の種類の相関関係など、プレステージ・ビジネスならではの包括的なブランド体験の設計を考える上での基盤となりました。

直近では、LVMH(ルイ・ヴィトン・モエ・ヘネシー)グループで、グループ内で最高峰のラグジュアリー ブランドである「ロロ ピアーナ」のマーケティングのヴァイス プレジデントを務め、富裕層が何を価値とし、何にお金を払うのか、ラグジュアリー・ビジネスの本質とは何か、を追求していました。

数百円のシャンプーから300万円のコートまで幅広いマーケティングの経験、つまり、マス ブランドとラグジュアリー ブランドの両方を経験しましたが、先ほど中村さんもおっしゃったように、それらのマーケティングは使う脳が割と違います。
  

中村 そして、現在は資生堂にいらっしゃるんですね。

清水 はい。2年前から、百貨店や化粧品専門店で展開するような高価格帯の「クレ・ド・ポー ボーテ」を筆頭とするプレステージと呼ばれる領域の、複数ブランドのマーケティングを担当するマーケティング本部長を務めています。資生堂は「美」という領域においてグローバルで戦うことのできる数少ない日本企業のひとつで、歴史を振り返っても圧倒的な美の価値観や文化そのものを創造してきた日本の宝物のような企業のひとつだと思っています。

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