トップマーケターたちに聞く価値共創時代のマーケティング #16

フォントでもブランドを表現? 資生堂清水氏が重視するディテールの追求

前回の記事:
プレステージ・ブランドの真髄とは? 資生堂 清水氏が語るストーリーを紡ぐことの大切さ
  ソーシャルメディアの普及や発達により、企業からの情報発信だけでなく、顧客による情報発信や評判形成、企業と顧客の双方向的なコミュニケーションを踏まえたマーケティング活動が重要だと言われる時代。そんな「価値共創」の時代に、マーケターはどう価値を定義し、マーケティングの実務に落とし込んでいくのか。この連載では、Facebook Japan マーケティングサイエンス統括 執行役員の中村淳一氏がトップマーケターにインタビューし、そのヒントや考え方を解き明かしていく。

 第8回は、マス ブランドからラグジュアリー ブランドまで幅広い商品のマーケティングを経験してきた、資生堂ジャパン プレステージブランド事業本部 プレステージブランドマーケティング本部 本部長の清水明子氏が登場。 前編では、商品やサービスのストーリーに着目して価値を届ける話など、価値共創の本質について同氏の考え方をもとに詳しく聞いた。後編では、価値共創を行う上で具体的に清水氏が意識していること、ブランドを確立したい人への個人的なアドバイスなどについて語った。
 

本質を見極めて、本物に触れる


中村 今回の連載のテーマである「価値共創」という観点で、清水さんが取り組んでいることはありますか。

清水 お客様に対価をお支払い頂く「価値」を創る上では、やはり本質的な問いをとにかく掘り下げるということを大事にしています。お客様に対しても、ブランドに対しても、嘘をつかないことは徹底しています。何がこのブランドのPOD(Point of difference:差別化要素)なのか、何がこのブランドの存在意義なのか、ブランドのエクイティを強化するそのブランドのユニークな価値になり得るのかをチームのメンバーと議論するようにしています。
 
資生堂ジャパン プレステージブランド事業本部 プレステージブランドマーケティング本部 本部長
清水 明子 氏

 資生堂ジャパン株式会社プレステージ事業本部マーケティング本部長。新卒でP&Gマーケティング本部入社。マックスファクター、パンテーン等を担当後、読売新聞社文化事業部に転職し美術展のマネージメントに従事。日本ロレアル、クラランスで化粧品のマーケティングに携わったほか、シャンパーニュ、ファッション等ライフスタイル領域でマーケティングに従事し、戦略設計と感性によるクリエイティブ思考の双方を強みとする。直近はLVMH傘下のロロ・ピアーナにてVice President Marketingを務めたのち、2022年より現職。

そのために、普段から個人の持っている引き出しを広げることを意識しています。チームに対しても、それが人であれ、物であれ、アートであれ、音楽であれ、料理であれ、本質を見極めてできるだけ本物に触れてほしいという意味を込めて、どれだけ遊び歩くかが大事だと言っています。

これでなければ嫌だ、と思っていただけるような強く魅力的なブランドをつくるには、そのレベルのお客様に応えるだけの最高峰のプロの仕事がどういうものかを自分の中に蓄積していくことが重要だと思っているんです。

中村 なるほど、面白いですね。そのときどんなことを意識されているんですか。
 
Facebook Japan マーケティングサイエンス統括 執行役員
中村 淳一 氏

  慶応義塾大学経済学部卒。現在京都芸術大学大学院芸術修士(MFA)在籍中。2002年に消費財メーカー、プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)入社、消費者市場戦略本部に所属。柔軟剤ブランド「レノア」の日本立ち上げのコアメンバーや、かみそりブランド「ジレット」、店舗営業チャネルシニアマネージャーを経たのち、13年からシンガポールにてグローバルメディア、アジア地域ビッグデータ担当のアソシエイトディレクターに着任。17年6月にフェイスブック ジャパン(Meta)入社。マーケティングサイエンスノースイーストアジア統括。他JMAインサイトハブコアメンバー等。

清水 次の2つのことを意識しています。ひとつ目は、お客様の頭の中の解像度を上げた上で、俯瞰して市場全体を捉えることです。その解像度を上げるために、実際のお客様を自分の目で見るようにしています。いまは出来ていないのですが、かつては時々店頭に立たせてもらっていました。そこで私は、お客様からどのような質問をされ、何を求めているかを聞き、実際のお客様と接することで解像度を上げていましたね。

お客様の頭の中の解像度を上げる、というのは表面的な質問への答えを聞いているだけでは難しく、「なぜ」の掘り下げを何十回も繰り替えさずにはたどり着けない領域まで、深堀をするということを指しています。

前職のLVMHで携わったロロ ピアーナにおいて日本市場で伸び悩んでいたときにブランド愛用者と、競合のユーザーそれぞれに定性的なインタビューを行いました。たとえばディオールであれば、お客様はデザイナーのマリア・グラツィア・キウリがデザインした服に対して、デザイナーのクリエイティビティに対して対価を払っているとお客様は考えているんです。

それに対して、ロロ ピアーナの服は「形(=デザイン)」という側面から捉えられてしまうと極めて普通の「カジュアル・ウェア(普段着)」なので、なぜニットが1枚30万円もするのかが理解されていません。また、「デザイン=服を選ぶ基準」という構図のままでは日本市場においては、お客様の頭の中で「ユニクロ」と類似するブランドと捉えられてしまうリスクがありました。

そこで私は、「デザイン」の特徴を打ち出すこれまでのファッションの売り方の延長線上のままでは競合優位性がないため勝てないと判断し、コレクションやデザインを差別化のポイントとして押し出すことをやめました。

逆にブランドの熱狂的なファンである愛用者の言葉からは、ブランドの「手触り」「素材の良さ」「着心地」と言った究極のものづくりの姿勢へのリスペクトが表現され、「デザイン(=形)、他者に魅せるための服」に対して、「手触り(=素材、自分のための極上の服)というポジショニングへの戦略変更をしました。「デザイン」ではなく、「究極の素材やその背景にある羊、そして作り手の物語」を前面に出した形です。

「ロロ ピアーナの競合はユニクロである」とは、100人にインタビューしても出てこないはずですが、お客様の頭の中の解像度を上げることで可視化できた「ブランド価値」の再設定でしたね。

中村 お客様の頭の中の解像度を上げることに徹底していたんですね。

清水 はい、そうなんです。特に競合は、お客様の頭の中で「同じような役割を果たすもの」としてグルーピングされているという意味で捉えています。当社の最高級ブランドである「クレ・ド・ポー ボーテ」のチームにも、化粧品市場の中だけで戦うことを考えないでほしいと伝えており、「スキン ラグジュアリー」という素敵なステートメントを創ってくれました。この肌こそが自分のプライドであり、これがあれば何もいらないという概念です。
  

前編でお話をしたモネが「アート」の定義を変えたように、ジュエリーや、ハイブランドのロゴが入った服で着飾るのではなく、これまで生きてきた自分の肌そのものが自分のプライドであり、その人の輝きを引き出す美しい肌への投資こそが「ラグジュアリー」だと新しい概念を創れたら、生活者の価値観や生き方にも影響をするかも知れません。ダイヤモンドの代わりに、クレ・ド・ポー ボーテの最高峰である「シナクティフ」というブランドの化粧品をお勧めしたいという野望を持っています(笑)。

そのため競合を意識するだけではなく、市場を俯瞰的に捉え、お客様の頭の中や人生にどのような意味を与えるかを考えることが重要なので、お客様の頭の中で同じ役割を果たすものが何かを広く競合と捉えて意識しています。

中村 その野望は素晴らしいと思います、応援しています。2つ目はどのようなことを意識していますか。

清水 2つ目は、自分の知らない領域のプロの仕事に積極的に触れて自分の中の審美眼、美しいもの、本物であるものを判断する力と引き出しを増やすということですね。一流のアートだったり料理だったり音楽だったり、「本物」にできるだけ触れるということを心がけていて、マーケティングの仕事でのアイデアのインスピレーションもこうした外の領域から得ることが多いです。

特に資源という制約の中で戦略を描くことを求められるマーケターとしては、建築や音楽や料理など、ある程度の制約の中でクリエイティビティを発揮することを求められる領域からインスピレーションを得ることが多々あります。

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