マーケティングは、どこまで人間を理解できるのか #28

「人間の嗅覚はオワコンではない」共感覚比喩によるコミュニケーションを考える

前回の記事:
「なつかしさ」をマーケティングにどう応用する? 心理学の理論にもとづいて検討
 

においを直接表現する語彙は非常に少ない


 30年ほども前、「懐かしいにおいがした♬」という歌詞で始まるヒット曲がありました(脚注1)。記憶の中にあるにおい・香りは、たしかに、なつかしい感情を引き起こすトリガーとしてよく挙げられます。

   関連記事:#27「なつかしさ」をマーケティングにどう応用する? 心理学の理論にもとづいて検討

 では、みなさんにとっての「懐かしいにおい」というと、どんなものが思い浮かぶでしょうか。こう問われると、そのにおいを発するモノやその場面など「発生源」が名指しされることが多いと言われています(Majid, 2021)。たとえば、おばあちゃんの家の台所のにおいとか、学校の部室のにおいなどでしょうか。ちなみに、冒頭の曲では「すみれの花時計」と続きます。



 そこでさらに、それを体験していない人にもにおいが具体的にイメージできるように説明してくれと言われたら、どうすればいいでしょうか。意外と難しいと感じるかもしれません。なぜなら、日本語を含む多くの言語では、嗅覚の感覚経験を直接表す語彙が非常に少ないからです。よく使われるもので「くさい」や「香ばしい」、少しマニアックなものでも「馥郁(ふくいく)とした」くらいで、せいぜい5つにも満たないようです(山田, 2005)。その他の感覚なら、色や形、手触りの質感、味などを説明できる抽象的な語彙が豊富に存在するのと対照的です。

 このため、においの質を具体的に表現するためには、比喩(メタファー)が頻繁に用いられます。特に、他の感覚に使われる語彙を流用する「共感覚比喩」の例が多いです(山田, 2005)。やわらかい香り(触覚⇒嗅覚)、甘い香り(味覚⇒嗅覚)のような感じでしょうか。

 視覚や聴覚、さらに触覚も、映像や画像でもよく伝えられますが、においや香りは実物がなければ体験できません。それなのに、それ用の語彙がほぼないとは困ったものです。食レポですらあんなに難しいのに・・・。いったい嗅覚とは何なのか、そして、その情報を他者につたえるためにはどのような戦略があるのでしょうか。

 今回の記事では、まず人間の嗅覚に関する最近の研究の話題を概観し、その後、共感覚比喩を中心ににおいのコミュニケーションについて考察したいと思います。

マーケターに役立つ最新情報をお知らせ

メールメールマガジン登録