トップマーケターたちに聞く価値共創時代のマーケティング #23

新規顧客の獲得が難しすぎる時代の、確度高いアプローチ「ファンベース」【ファンベースカンパニー会長 佐藤尚之(さとなお)氏】

 

“絶望”の中にある活路が「ファンベース」


中村 「ファンベース」という言葉が出てきましたが、その基になっているのは、具体的にどのような考えなのでしょうか。

佐藤 情報が伝わらない時代への「絶望」が出発点になっています。とにかく情報が多すぎます。2020年の時点で、年間59ZB(ゼタバイト)の情報が流れているというデータがあります。1ZBは世界中の砂浜の砂粒をすべて足し上げた数と言われていますから、つまり、地球59個分の全海岸線の全砂粒と同じ量の情報がたった一年で流れたということになります。生活者はこの大砂嵐の中で生きているわけです。その大砂嵐の中で、我々は大切な情報を“伝えたい相手”に届けたいわけですが、果たして本当に「伝わる」なんて可能でしょうか。私はほとんど不可能だと思います。たまたま届くこともあるでしょうが、博打ですよね。以前と比べて打率が下がりすぎました。大切な予算を預かってプロの仕事として請け負えません。

それだけじゃありません。メディアやコンテンツも増えすぎています。たとえば、YouTubeだけで1分間に500時間分の動画がアップロードされています。1日分見終わるのになんと82年、2日分を見終わるのに160年以上がかかる計算になります。YouTubeが流行っているからって動画を作っても、そんな中で見てもらえる可能性ってどのくらいありますか?そう簡単に届くわけがない。



もちろん「動画」はYouTubeだけではありません。配信だけでもNetflixなどたくさんあるし、TikTokなどのショート動画も山ほどある。そのうえでテレビや映画があるわけです。それ以外にSNSがありアプリがありゲームがあり書籍や雑誌や新聞がある。可処分時間を取られるという意味で考えると、カラオケや飲み会、ライブ、フェス、山登りなど、すべてが広告のライバルです。こんな過酷な情報環境の中で、興味関心ない生活者に情報を届けて、あわよくば買ってもらおうなんて都合が良すぎませんか?

みなさんが力を入れているSNSだって、日本ではそんなに使われていない。ニールセンのデータによると、SNSを使っている人の22%がヘビーユーザーで、その人たちで総利用時間の82%を占有してしまっているんです。これをX(旧Twitter)に当てはめると、Xの月間アクティブユーザー数は4500万人ですが(2017年のオフィシャルデータによる)、その22%は約1000万人です。1000万人に伝わるという意味では強いメディアですが、でも、日本の総人口1億2560万人からすると、残りの1億1560万人にはX上のバスやトレンドワードが伝わるのは難しいということになります。SNSは強いメディアではありますが、SNSを活用していない人がこれだけいることを考えると、万能ではないことがよくわかります。

つまり、マーケティングで何かを伝えようとすることの打率が大幅に下がっているんです。そうした状況でいままで通りコストをかけて平気ですか?と、思うんです。クライアントの貴重な予算を預かって、今まで通りで本当にプロとして結果を出せますか?と。私は冷静に考えてもう賭け事に近いと思い、引退しようと思いました。それが「絶望」ですね。一旦、これは諦めたほうがいいと私は思いました。

中村 確かに。でも希望はないのでしょうか。

佐藤 希望はあります。こんな時代に唯一、伝わるアプローチがあるんです。それは家族や友人からの言葉ですね。いわゆるクチコミと言ってもいいです。Edelman Japan(エデルマン・ジャパン)による日本での調査があります。「信頼できる情報源は何か」という調査なんですが、「家族や友人」が圧倒的なんです。企業より、専門家より、有名人より、インフルエンサーより、圧倒的に「家族や友人」が信頼されているんです。この調査、2年前に独自に調べ直しましたが、この傾向は年々加速しています。企業が発信しても有名人が発信しても、家族や友人の言葉にはかなわないのが今なんです。

中村 コミュニケーションにおいて「誰が」発信するかは、かなり重要ですね。さとなおさんが感じた「絶望」の根底には、企業目線のコミュニケーションがあるように思いました。



佐藤 そうですね。企業本位のアプローチはもう限界に達していて、「伝える」ことに関しては、BtoCのコミュニケーションはすでにかなり難しくなっていると思います。そうなると、おのずとCtoCの方向へ傾くわけですが、ファン(=F)は伝えようとしなくても発信情報を拾ってくれますから、BtoF(Fan)は有効なんですね。しかもファンは周りに言ってくれる。つまり「BtoFtoC」という図式が一番ワークするアプローチなのではないか、と考えています。企業と顧客の間にファンが入るわけですね。

しかも、ファンは売上の大半を支えています。ここ5年ほど様々な業界やブランド、サービスにおいてヒアリングしましたが、2割の上位顧客(≒ファン)が売上の8割を支えているという「パレートの法則」はほぼすべてで成り立っています。そのうえ、人は自分が好きなものは人に伝えたいですよね。いまの推し活もそういう流れかと思います。つまりファンは売上を支えてくれているうえに人にも推奨して広げてくれる。だからこそ「BtoFtoC」の図式が重要になってくると思っています。

中村 なるほど、面白いですね。最近では、SNSなどを通してインフルエンサーから影響を受けることも多いといわれていますが、どう感じていますか。

佐藤 先ほども説明しましたが、インフルエンサーの信頼度は全く高くありません。情報の拡散が多少は起こるかもしれませんが、59ZBという情報量の中で拡散しても、生活者の目に届くのは難しいですね。それよりも「家族や友人」の中で影響力をもつ、いわゆる「マイクロ・インフルエンサー」のほうが力を発揮するのではないでしょうか。広く拡散する目的でインフルエンサーを使っても、ほぼ効かない、というのが私の実感でもあります。

中村 第9回でインタビューしたFinTの大槻さんが生き方など文脈の伝わるインフルエンサーが重要で、文脈があるから共感が生まれるとおっしゃっていました。

佐藤 文脈がある関係の中でのインフルエンサーですよね。つまりマイクロ・インフルエンサーかと思います。いや、インフルエンサーというよりも「類友(類は友を呼ぶ)」のほうが私はしっくり来ます。別にインフルエンスを与えようとしているのではなくて、親しい人にいい情報を伝えたいだけなんです。

結局、いまのインフルエンサーはマスメディアと同じ考え方、つまり「広く伝える役目」と思われていますよね。そうではなくて、狭くても強く伝わることが大事かと思います。コロナのときに「クラスター」という言葉が使われましたが、あれと同じで、大きな「拡散」より小さな「感染」のほうがずっと大事だと思います。クラスターが小さくてもそれが強い感染であれば、あっという間に広がっていくのはコロナと同じ図式かなぁ、と。



中村 そちらのほうが大事ですね。

佐藤 で、その「強い感染」を引き起こすのがファンだと思うんですね。これからの日本は人口減少によってマーケットは縮小化の一途をたどり、新規顧客の獲得はいっそう難しくなります。情報は多すぎてまさに“砂の一粒”です。そんな絶望的な時代に唯一強く伝わっていき新規顧客を増やすアプローチが、ファンからの言葉かと。しかもファンは売上を支えてくれている。だからこそファンをベースにしましょう、となって、「ファンベース」に行き着いたわけです。

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