トップマーケターたちに聞く価値共創時代のマーケティング #24

AIのオススメを凌駕できるたった一つの言葉。それが「家族や友人からの言葉」【ファンベースカンパニー会長 佐藤尚之(さとなお)氏】

前回の記事:
新規顧客の獲得が難しすぎる時代の、確度高いアプローチ「ファンベース」【ファンベースカンパニー会長 佐藤尚之(さとなお)氏】
 ソーシャルメディア活動の普及や発達により、企業からの情報発信だけでなく、顧客による情報発信や評判形成、企業と顧客の双方向的なコミュニケーションを踏まえたマーケティング活動が重要だと言われる時代。そんな「価値共創」の時代に、マーケターはどう価値を定義し、マーケティングの実務に落とし込んでいくのか。この連載では、Facebook Japan マーケティングサイエンス統括 執行役員の中村淳一氏がトップマーケターにインタビューし、そのヒントや考え方を解き明かしていく。

 第12回は、日本の広告業界に「コミュニケーションデザイン」という新たな領域をつくり、ファンを基軸としたコミュニケーションスタイルの第一人者でもあるファンベースカンパニー会長の佐藤尚之氏が登場。前編では、現代のマーケティングやファンベースの基になっている考え方について詳しく聞いた。後編では、「ファンベース」という考えをもとにどのような価値共創が必要なのか。企業がファンベースに取り組むときの具体的なアクションなどについて詳しく話を聞いた。
 

価値は「関係性」に収束される


中村 さとなおさんから見た「価値共創」について、お聞かせください。

佐藤 いま生活者は商品やサービス、ブランドそのものには価値を見出しづらくなっていると思います。この超成熟市場において、機能価値の面から言うと、あらゆる商品やサービス、ブランドはほぼ似たような価値をもったもの同士の争いになっているからです。似たような商品の中での小さな差別化の闘いですからね。しかもその差別化もすぐ追随され、また似たような商品が量産される。そこに価値は感じにくいと思います。
 
ファンベースカンパニー 取締役会長/CTO(Chief Training Officer)/ファンベースディレクター
佐藤 尚之 氏

 1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・ディレクターとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。JIAAグランプリなど受賞多数。2011年に独立し(株)ツナグ設立。2019年株式会社ファンベースカンパニーを設立。取締役会長。
本名での著書に「明日の広告」(アスキー新書)、「明日のコミュニケーション」(アスキー新書)。「明日のプランニング」(講談社現代新書)。「ファンベース」(ちくま新書)。「ファンベースなひとたち」(日経BP社)
“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(光文社文庫)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「人生ピロピロ」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」(文藝春秋)、「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などがある。
一般社団法人助けあいジャパン代表。一般社団法人アニサキスアレルギー協会代表。一般社団法人リタイアメント・コーチング協会代表。大阪芸術大学客員教授。

そんな中で、注目すべきは「関係性」です。2023年6月に出版された『THE GOOD LIFE』(辰巳出版)に興味深い研究結果が報告されています。ハーバード大学とマサチューセッツ総合病院が84年に渡り1300人を追跡した史上最長の幸福研究なのですが、「幸福な人生を送る鍵はよい人間関係に尽きる」という結果が出ているのです。

幸福の科学的研究として、この結果をボクは重要視しています。あらゆる商品やサービスの究極の目的は「人を幸せにすること」だと思うのですが、その上でこの研究結果を踏まえると、商品やサービスを介して「人とのよい関係性」、つまり「つながり」を持てるかどうか、という視点が重要だと思うんですね。その商品やサービス、ブランドが「人同士のつながり」を作れているかどうか。すべてはそこに収束されるのではないかと思います。

中村 なるほど。第7回でインタビューした花王の小原さんは、ご担当の日焼け止めブランド「BioréUV(以下、ビオレUV)」のブランドパーパスとして、「肌を通して社会とのつながりを広げる」ことを掲げている話をしていて、それに近いと感じました。

佐藤 企業と顧客の関係性もそうですね。そして顧客と顧客の関係性もつくっていく。それこそが「共創」であると思います。この関係性をつくることの重要性は、AI時代においてますます際立ってくるはずです。

中村 AI時代のマーケティングには、どのような変化があると考えますか。
 
Facebook Japan マーケティングサイエンス統括 執行役員
中村 淳一 氏

  慶応義塾大学経済学部卒。現在京都芸術大学大学院芸術修士(MFA)在籍中。2002年に消費財メーカー、プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)入社、消費者市場戦略本部に所属。柔軟剤ブランド「レノア」の日本立ち上げのコアメンバーや、かみそりブランド「ジレット」、店舗営業チャネルシニアマネージャーを経たのち、13年からシンガポールにてグローバルメディア、アジア地域ビッグデータ担当のアソシエイトディレクターに着任。17年6月にフェイスブック ジャパン(Meta)入社。マーケティングサイエンスノースイーストアジア統括。他JMAインサイトハブコアメンバー等。

佐藤 ビル・ゲイツ氏は、5年後にまずイヤホンでイノベーションが起こると言っています。AIが優秀な秘書としてイヤホンに常駐し、ご主人様である個人と常に話しながら毎日を生きていく未来ですね。そうなるとどうなるか。主人の考えや嗜好を知り尽くしたAIと、POP(Point Of Purchase)において、相談しながら買い物をする時代が来るわけですよ。もう、最高の商品も、最安の商品も、その人に最適な商品も、社会的活動も含めた最良の商品も、すべてAIが教えてくれるわけです。購買のその現場において。

そのとき、広告やマーケティングは必要でしょうか。認知もバズもいりません。すべてAIが主人に最適な商品を瞬時に教えてくれるわけですから。いまのマーケティングはかなりサイエンス寄りになっていると感じますが、そういうマーケティングはAI時代には一度終わるのではないでしょうか。BtoCはほぼ機能しなくなり、BtoAIが大事になってくると思います。そのとき、AIの判断材料としての「社会貢献活動」を、潤沢な予算で行えるという意味において、グローバル企業のひとり勝ちになっていくことも考えられます。

では、マーケティングは何もできないのか。ボクはそういう「AIの言葉」を凌駕できる言葉がひとつだけ残されていると思うんですね。それは「家族や友人からの言葉」です。たとえば購買の現場であるコンビニとかでビールを選んでいるとして、AIは新商品も含めた中で主人に最適なビールを勧めてくるでしょう。ただ、その場で友人にたとえば「ビールもいいけれど、このリキュール、すげーうまいんだよ。騙されたと思って一度飲んでみ!」とか言われたら、心が動かされますよね。なんでもAIが選んでくれる時代に、唯一AIと闘えるチカラを持つのは信頼関係のある家族や友人の言葉だとボクは思います。そして特に強い力を持つのはその中でも「ファン」の言葉かと思っています。

中村 確かに友人の言葉は、好奇心をかき立てる力がありますね。このとき、紐帯の強弱によって受け手の反応に違いは出るのでしょうか。

佐藤 価値観が近く心理的安全性があるという点においては、強い紐帯がある人からの方がより影響を受けますよね。ただし、弱い紐帯であっても「私のことを考えて勧めてくれた」という相手の想いを受け取り、信頼感をもつことができれば、広告の「認知」とは異なるポジティブな印象が残ります。私は中村さんとはじめてお会いしましたが、仮に最後に私のことを考えた何かをオススメしてくれたら、弱い紐帯でもポジティブな印象を受けますよね。したがって、紐帯の強弱の差というより、その関係性の中でのコンテクストのありなしかと思います。

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