社会変動を紐解き、マーケティングで時代を拓く #05

共感が希薄な時代、マーケターが追求すべき「他者への関わり」と「価値の創出」【LIFULL篠崎亮氏】

前回の記事:
マーケターは「欲求」の迷路を解き、「希望」に寄り添い価値ある消費を【LIFULL篠崎亮氏】
 不動産・住宅情報サービス「LIFULL HOME’S(ライフルホームズ)」を運営するLIFULL(ライフル)で、住生活に関する不動産会社や自治体のマーケティング・課題解決支援に取り組む篠崎亮氏が、時代の変化に伴う消費者や商品・サービスの動向を読み解き、未来を拓くマーケティングのあり方を模索する本連載。

 他者との関係性や共感が希薄化した現代において、生活者にとっての商品の「意味」とはどうして生まれるのか? マーケターが消費を生み出すために必要な生活者へのアプローチについて、今回は「身近さ」にフォーカスして考察する。
 

「意味」がないことが増えた現代


 本連載では新たな消費創出には、時代や生活者のインサイトを捉え、ターゲットへの文脈を紡ぐことが重要であると述べてきました。しかし、それは普段のマーケティングの現場で、どのような視点や考えを持って実践していくべきものでしょうか。

 ある商品のマーケティングを担当することになったときに、あなたは消費を生み出すためにどういったプロセスで思考していますか?

「商品開発者はどんな想いで作ったのか」「ターゲットをはっきりすべき」、「商品が解決できる消費者の課題とは」、そんな会話が行われるのを幾度も見てきました。

 しかし、まず立ち返るべきことは、商品や事業がどれだけの予算や開発工数をかけて生み出されたとしても、生み出されたモノや情報は、その時点では多くの人々にとって「身近」でなく、それゆえ「意味」も持たないと私は思います。
 
LIFULL / LIFULL HOME’S事業本部 セールスマーケティング部 商品戦略ユニット ストラテジーグループ・グループ長
篠崎 亮 氏

 経済のグローバル化が顕著となる一方で、「分断の時代」とも呼ばれるようになりました。世界情勢ではロシアによるウクライナ侵攻が象徴化される一方で、日本においても本連載の第1回、第2回で触れたように、能登半島地震における高齢者の孤立・孤独、さらに居場所を求めてさまよう「トー横キッズ」といった世代の分断が起きています。

 直近では令和の米騒動が起きて、スーパーではお米を買えず困っている人がいました。私もスーパーに立ち寄っては状況を確認していました。しかし、主食の問題であるにも関わらず、かつてコロナ禍でトイレットペーパーの買い占めが起きた際に、デマ情報に踊らされぬよう呼びかけるニュースが大きく注目されたことと比較すると、今回はそこまで切迫感を持った共感が寄せられていなかった印象です。実際、沖縄では店頭でお米が積みあがっているというニュースを見たり、20代の同僚からは「オートミールが主食なのでお米がなくても困らない」と聞いたりしました。こういった地域間の違いや、食生活の多様化も誰もが同じ社会課題に共感するわけではない時代が生まれる背景にあると思います。
 
 この分断を考える中で、思い当たったのは2005年刊行の三浦展著「下流社会 新たな階層集団の出現」(光文社新書)で記された下記の一文です。引用します。

 1955年体制における「一億総中流化・平等化モデル」が転換し、「階層化・下流化モデル」へと変わりつつあると言えるのである。
 

 つまり、人口動態と所得格差による社会構造の変動は静かに進み、現在ではコロナ禍のひきこもり経験や、メディア接触の世代ごとの違いとも相まって、社会や他者との関係性、相互理解が薄まってきたのかと考えています。さらに、日常的にSNSメディアで炎上が起こっている状況からは、多様性を尊重すべきとする論調の先で、内実はむしろ互いの共感を妨げ、はみ出したものの「意味」を理解して許容する心を失った状態を引き起こすこともある、混沌とした時代へ変化してきたとも感じます。

 マーケターは、このような時代変動の中でも、ターゲットの関心を得て商材やサービスの「意味」を生活者に持ってもらわなければいけません。まず、そのために必要なのは「身近さ」が大事だと考えます。

 2023年に刊行されたコレクシア・芹澤 連著の「戦略ごっこ」(日経BP)では、マーケターの生活者への関わり方について以下のような一文が記述されています。

 合理的な説得による行動変容は大変難しいのです。無関心な人に行動してもらいたいのであれば、人を変えて買ってもらおうとするのではなく、人は変わらないという前提で、すでにその人の生活の中で確立されている行動や習慣にブランドのほうから歩み寄り、同質化するという発想の転換が必要です。
 

 マーケターは商品や広告によって、日常生活の中で手に取るモノを変えたり、休日の訪問先を変えたりしようと試みます。しかし、日常の生活圏や習慣が固定されている人々に、生活様式の変化を継続的にもたらすことは容易ではないです。

 これらはモバイルアプリのマーケティングでも一緒です。新しいゲームアプリをダウンロードしてもらうにも、そもそもゲームを全くやらない人や、ゲームアプリがほとんど画面にない人にダウンロードを促すことは難しいでしょう。

 逆に、普段使うニュースアプリの画面遷移の中で、ゲーム性のある仕掛けがあれば、普段ゲームをしない人にも楽しんでもらえるかもしれません。その人にとっての「意味」を生みだせるか否かは、行動や習慣に対して「身近」であることが重要だと言えると思います。

 短期的なコンバージョンだけを重視してマーケティングをしていると、コンバージョンしない人々が無駄な数値のように思えてしまいがちですが、それは単に、その人にとって「身近」に感じられなかっただけかもしれません。

 企業やマーケターが人の心を動かすには、生活者の「身近」に商品や事業を存在させられるかどうかにかかっています。

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