社会変動を紐解き、マーケティングで時代を拓く #07

OpenAIの“Refreshed”に習う 日本経済成長のカギは「ヒト」の感じる知性【LIFULL篠﨑亮氏】

 

「Woke」「キャンセル・カルチャー」「ノープラットフォーミング」…倫理的な正しさは人を惹きつける


 2025年5月21に行われた「Google I/O 2025」(Googleが毎年開催する開発者向けのカンファレンス)では、Gemini 2.5 FlashやGemini 2.5 Proと「Deep Think」、Agentモードなどの驚くべき内容が発表されました。特に、オンライン予約・手続き代行などのマッチングサービスにとっては、AIが代替する領域と、既存のオフラインチャネルを活かしながら進化すべき領域で、ビジネスの変革が進む時期だと思います。

 またそれ以前の2025年2月27日には、Chat GPT-4.5のリサーチプレビューが公開され、「EQ(心の知能指数)」の進化によって自然な会話能力が向上し、教師なし学習(機械学習の学習手法の一つ。学習データに正解を与えない状態で学習させる)の最前線のモデルと公式で伝えています。この直前には、OpenAIがリブランディングを宣言するテレビCM「Refreshed.」をスーパーボウルのハーフタイムショーで放映しました。
  
OpenAI「Refreshed.」。AIと地球の自然が交わる様子が表現され、キャプションには「Emotion Point(AIと人間との感情的な接点を示すキーワード)」と掲載されている。
 

「Refreshed.」は「AIの進化と再定義」を示し、「人間により近く」「意味を理解し」「共感できる存在」への刷新を説明します。動画内のキャプションは次のような内容で、レガシーを打ち破り、これからの世の中にとっての意義を宣言しています。
 
the research is never done. Input to output pattern to meaning. Artificial general intelligence that benefits all of humanity.

研究は決して終わらない。入力から出力、パターンから意味へ。全人類に利益をもたらす一般の人々ための人工知能。

 これは、1984年1月24日のMacintoshの発売に合わせて、Appleが「Think Diffrent.」を掲げたテレビCMをスーパーボウルのハーフタイムショーで放映し、制約された人生から人々を開放すると宣言したことを思い起こさせます。以降「Think Diffrent.」は、"Crazy Ones"を取り上げた1997年のテレビCMまで、一貫したスローガンとして掲げられました。
 
Apple Macintosh「Think Different.」
 
Because the people who are crazy enough to think
they can change the world, are the ones who do.
<和訳>
自分が世界を変えられると本気で信じる人たちこそが
本当に世界を変えているのだから。

 当時と現代では社会・経済状況や思想が異なり、OpenAIに対しては「Woke」という批判もあります。「Woke」とは、ソーシャル・アウェアネス(社会で起きていることに対する認識)があることを意味する言葉。人種的偏見や差別に対する警戒を意味する、アフリカ系アメリカ人の俗語英語から派生した用語です。

 OpenAIは、開発に携わるインドや東アジア系の人々を尊重する姿勢や、同社のメッセージにもある“General”に向けたスタンスが「目覚めすぎ」「政治的に正しい」として「Woke AI」と揶揄されています。こうした保守層による批判の背景にある「自身の利益を優先してほしい」という意識については前回の記事でも触れましたが、直近国内で「日本人ファースト」という言葉を耳にする現象もここに起因していると思います。
 
スティーブ・ジョブズが2005年のスタンフォード大学卒業式スピーチで引用した「Stay hungry, Stay foolish」という言葉を掲載している「WHOLE EARTH CATALOG」。現代は「Stay woke」vs「Anti-woke」との意見の対立に変化。


 また「Woke」という文化とともに、昨今では「キャンセル・カルチャー」と呼ばれるトレンドがあります。これは、「社会正義」を理由に、法律に基づかない形で特定の対象を排斥・追放する文化的現象を表します。アーティストや文化人が思想的にふさわしくないと考えるフェスや芸術祭を辞退する動きにはじまり、SNSでの「商品の不買運動」や、コミュニティごと排除する「ノープラットフォーミング」にも関係するものです。

 日本でも、道徳的に指摘を受けた企業・ブランドの商品に対する不買運動が起きやすくなっています。このことは、こうしたカルチャーがSNSを通して日本に到達していると理解でき、事業会社やマーケターにとっても重要視すべき潮流です。人種差別的な文脈を捉えれば、この「Woke」は悪しき風習に見えます。しかし、非難する側である保守層は、生活の豊かさを失う中でも消費活動を止めるべきではないという、彼らなりの「正しさ」があります。

 このSNSでの「キャンセリング」の宣言がネットミームとなって世界中に広がり、「お風呂に入るのをやめる」「自炊するのをやめる」という投稿が派生として生まれ、日本でも「風呂キャンセル界隈」や「自炊キャンセル界隈」という言葉がニュースになるという現象につながっているようです。
 
Amazonより。書籍『キャンセルカルチャー アメリカ、貶めあう社会』(著:前嶋和弘)。日本におけるキャンセルカルチャーの広がりについても言及している。

 こうした向かい風の中でも、なぜ新興企業であるOpenAIは、これほどまで優れた技術者とともにChatGPTを世の中に広められたのか。それは、OpenAIが非営利法人であるがゆえに、経済至上主義な環境で開発を求められることに疲弊した優秀な技術者が、社会のためになる正義を重視して行動できるChatGPTに参画してきたことが大きいと思います。

 また、ChatGPTがサービスとして浸透する中で、AI技術の商業化に伴うAIの安全性と倫理に対する懸念を示したOpenAIの元社員7名が、新たにAnthropicという企業を立ち上げ、「Constitutional AI(憲法AI)」というアプローチを提唱して、自社AIモデルのClaudeに適用しています。

 経済的な豊かさ・合理性だけでなく、倫理的な正しさがヒトを惹きつけることを示しており、世の中に受け入れられる企業をつくることが、これからの時代に企業が成長していくための要件なのだと気づきを得ることができます。

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