海外ニュースから読み解くマーケティング・トレンド #04
GAFA を倒す方法は、社会的つながりへの回帰にある【ニューバランス 鈴木健】
Snapchatの「時間で消える投稿」がもたらしたもの
米国でSnapchatが流行り始めたときの謳い文句は、「時間が過ぎると消えてしまう投稿」だった。それは電話での音声通話に似ていて、思い付きで投稿したものを後で後悔する必要がなく、その瞬間の感情やバイブレーションを重視する若年層のコミュニケーションの嗜好にヒットしていた。もちろんデジタルメディアの特性のひとつは、間違いなくほぼ無限のアーカイブ性にある。Facebookは個人のデジタル活動日記のように、過去に起きたことを定期的に思い出させてくれる。
今や時間は、デジタル時代の生活者にとって貴重な「資源」のひとつである。人類の歴史的にみても、科学者は機械やテクノロジーが肉体労働を代替することで、人間がより生産的で創造的な余暇時間を手に入れると予想したが、実際には便利になった世の中で人々はより忙しく、より時間を切り売りするようになっている。
Facebookの投稿画面に「今なにしてる?」という質問が常に出てくるように、時間を意識させることで成立している。タイムラインという時間優位の考え方はFacebookに限らず、InstagramでもTwitterでも機能しており、そのような時間意識を加速する装置として働いている。
Snapchatが始めた「消える投稿」も、これらのタイムラインと同様に時間を意識するメディア形態であるため、InstagramとFacebookがそれぞれストーリーのような形で真似をしたのは、当然の流れかもしれない。
スマートフォンによって「暇つぶし」が逆転した
かつて時間を共有するためには、基本的に空間も同時に共有する必要があった。同じ場所にいることが前提なので、時間に関係するエンターテインメントである演劇や映画を楽しむためには、劇場に行く必要があった。しかし、ラジオやテレビ、電話などのテレコミュニケーション技術が発達すると、「時間の共有」は各家庭内のそれらデバイスのそばで時間を過ごすことを意味した。テレビの前で過ごす家庭の時間が当たり前となったのだ。
そして今やスマートフォンというモバイルデバイスは、そのような共有空間である家庭のリビングルームから抜け出して、いろいろな場所で時間を過ごすことを可能にした。時間という資源は、生活が便利になったことで効率的な活用が可能になったが、不思議なことに便利になればなるほど、浪費する機会も増えたのである。
携帯電話が生まれたばかりの時代、このような時間の使い方を「暇つぶし(killing time)」と言っていた。テレビやパソコンの前でゆっくり過ごすのではなく、待ち時間や移動時間を過ごすのにモバイルデバイスが最適だったからである。しかし、現代の人々の時間の使い方は、すでに逆転している。短い時間でモバイルをチェックすることが起点となり、その他の行動をするようになった。その結果、時間をますます浪費するようになっている。
メッセンジャーの時代が到来し、電話する時間は減ったかもしれないが、モバイルに浪費する時間は逆に増えている。しかも電話は1対1だったのに対して、機能の進化でグループや複数の人々に同時に対応することも可能になった。時間の共有が複雑になったのである。このことで「時間の共有化」は、さらに貴重な資源となった。
従来の放送メディアのようにリアルタイムに数十万や数百万規模での「時間の共有」の機会は減ったかもしれない。ただ、リアルタイムには数百、数千程度の規模でも時間をずらして視聴する人も増えれば、数千万、数億以上にも達することがある。この仕組みはYouTubeですでにお馴染みだ。
それと同時に、リアルタイムでの共有自体の時間も極端に短くなったり、長くなったりしている。YouTube動画はバンパー広告の6秒のような短いものもあるが、動画そのものはゲーム中継動画のように1時間以上も平気で続くものもある。それぞれの「時間の共有」の仕方が違っているからである。エンターテインメントは、すでに時間を共有することと同義になりつつある。そうでないものは、たとえ2時間の映画であっても、本を読むようにポーズと再生を繰り返し、好きなタイミングで読み返すことになる。