2069年のクォンタムスピン #02
「変わるチームワークとアイデア創出」SF小説で未来のマーケティングを描く②
2020/02/06
前回までのあらすじ(第1回は、こちら )
2050年にシンギュラリティを迎えた人類社会では、世界統合政府としての「グローバルガバメント」がスーパーインテリジェンスAI「プロタゴラス」による社会の管理を進めた。収入こそベーシックインカムで保証されつつも、AIに生活全体が管理され、移動が許されない「レジデンツ」と呼ばれる98%の人々と、わずか人口の2%でありながら17のグローバルスマートシティを移動しながら世界の8割の富を生みだす生産性の高い人類「グローバルホッパー」とに二分されている。2069年、令和が終わって新しい年号・万和21年となった日本は、唯一のスマートシティであるトーキョーとその他のレジデンツに分かれた社会となっている。この時代にAIからのレイバー(仕事)を引き受けて「ナッジ(行動経済学で社会にとって好ましい自主的な選択を促す方法)」を促すコネクターの仕事を続けるトーキョーレジデンツであるカズアキは、スマートシティのサンパウロからの依頼でトーキョー特区へグローバルホッパーであるジオヴァーナに会いに行く。そこでジオヴァーナから聞いたのは、ナッジよりも強力な「スピン」の存在だった。
2050年にシンギュラリティを迎えた人類社会では、世界統合政府としての「グローバルガバメント」がスーパーインテリジェンスAI「プロタゴラス」による社会の管理を進めた。収入こそベーシックインカムで保証されつつも、AIに生活全体が管理され、移動が許されない「レジデンツ」と呼ばれる98%の人々と、わずか人口の2%でありながら17のグローバルスマートシティを移動しながら世界の8割の富を生みだす生産性の高い人類「グローバルホッパー」とに二分されている。2069年、令和が終わって新しい年号・万和21年となった日本は、唯一のスマートシティであるトーキョーとその他のレジデンツに分かれた社会となっている。この時代にAIからのレイバー(仕事)を引き受けて「ナッジ(行動経済学で社会にとって好ましい自主的な選択を促す方法)」を促すコネクターの仕事を続けるトーキョーレジデンツであるカズアキは、スマートシティのサンパウロからの依頼でトーキョー特区へグローバルホッパーであるジオヴァーナに会いに行く。そこでジオヴァーナから聞いたのは、ナッジよりも強力な「スピン」の存在だった。
ニューヨークからのブリーフィングをVR会議で聞く
トーキョーレジデンツのノースエリアにある「OVEN」と呼ばれるコミュニティワークスペースの壁には、ビジネス用の薄型エレクトロニックペーパーが張り付けられていた。そこにはカズアキが対象とするノースイーストレジデンツの地図がマッピングしてあり、カズアキやほかのチームメンバーがヴァーチャルスタイラスペンで加えたメモやデータがレイヤードされている。地図は無数の点が何色かに色分けされてからフルに点滅しながら移動していて、さながらダイナミックなサーモグラフのようにも見える。無数の点はノースエリアのレジデンツの住んでいるエリアに集中している。点は各レジデンツのソーシャルチップのリアルタイムのデータを示したものであろう。
カズアキはこれから始まるVRの会議に備えて、自分のサブブレインをアクティブにした。
「OVEN」は、普段はコミュニティスペースとしても活用できるレジデンツ用のフリーワークスペースで、カズアキは週に1回はここをベースに「チーム」と会議を開いている。
2069年ではスマートシティ以外の住民とエリアであるレジデンツは、オーソリティーズに属する旧社会側のコミュニティに属しており、基本的に個人事業者や大企業も含めてビジネスは「統合化(Unified)」されている。統合化というのはグローバルガバメントのAIである「プロタゴラス」につながっているということであり、公共サービスであろうが、私的なアイデアでビジネスを行うにしてもデータが常にプロタゴラスに送られる。
といっても、いまやAIのサポートなしでは社会が成り立たないレベルであり、すべての行動をプロタゴラスが直接レジデンツに指示しているわけではない。レジデンツは自らの自由意志でプロタゴラスにアクセスしている。
プロタゴラスの役割は、レジデンツ全体のバランスが崩れないように、自らがクライアントとなって各エリアのレジデンツに依頼するという形をとっている。カズアキがサンパウロのレジデンツのコネクティング業務を請け負ったように、プロタゴラスは逆に日本の反対側にあるニューヨークのレジデンツやグローバルホッパーにトーキョーが夜中の間に依頼し、カズアキはそれを元に今度は同じ時間軸のエリアのために働くデイトゥデイレイバー(Day to Day Labor)としてトーキョーのレジデンツエリアでの実行計画を担うことになっている。
時計は朝9時、6分前。そろそろVR会議が始まる。そのブリーフィングはスマートシティニューヨークのマーサというグローバルホッパーがしてくれるらしい。
ノースエリアは他の地域と同様に、急速に高齢化が進むエリアであるものの、豊富な自然の資源がありロボティックスによるアグリテックだけでなく、バイオマスエネルギーの研究開発や新オーガニックヘルスフードの研究が進んでいて、一部のグローバルホッパーがこのエリアにおいて自然資源教育のためにレジデンツの世代間ネットワーキングを進めてていた。
つまり、平均年齢80歳以上で農作を営むノースエリアのレジデンツと、他国から集まった2040年代以降に生まれたデルタ世代のグローバルホッパーが農作業を通じて交流する機会をつくりあげたのである。今回のプロジェクトは、その機会を社会的に有効活用し価値を上げるためのプランの一環ですでにカズアキは数週間前に詳細な調査報告書を提出していた。
会議3分前に、「プロジェクトチーム」がコネクトしてきた。まずはコンピュータ科学者のリー、脳神経認知言語学者のレイモンド、そしてアルゴリズム開発者のアンドラ、エクスペリエンスデザイナーのサジの4人がリアルにワークスペースの集まっているように見えるが、実際はVRによるリモートでの会議だ。彼らはプロタゴラスによってプロジェクトマッチングされたデイゾーンに属する様々なエリアと文化圏の混成チームのエキスパートクラスのレジデンツである。
マーサが1分前にブリーフィングシートを発信してきたので、それをVR空間上の中央にスクリーンに出現させた。
「カズアキ、おはよう」
自動翻訳された音声とともに遅れてVRのマーサが現れた。マーサはショートヘアのアフリカン・アメリカンで明るいグリーンのドレスを着ていた。
「今回のプロジェクトは、前回の調査の成果のおかげね。カズアキ、ありがとう。あなたのおかげでまた仕事ができるようになったわ」マーサは笑って言った。
「機会スコアがそんなに良かったのでしょうか?」とカズアキは尋ねた。機会スコアとは、プロジェクトの進行の判定に使われる指標で、プロタゴラスが予測して出す数値のことだ。我われのプロジェクトの成否はこの機会スコアにかかっている。
「まあね」とマーサはちょっと意地悪気に目をそらした。
「その分、このプロジェクトのフィージビリティ(実現性)タイムラインが短くなるかもね」
「直近1年間のトーキョーエリアの1600あるプロジェクトの平均の実現率は50%切っているぞ」とコンピュータ科学者のリーが口をはさみ、「そりゃ短すぎるフィージビリティタイムラインのせいもあるんじゃないか」と不満げに言った。
「マテリアリティ(重要度)が下がっているからじゃないの?」アンドラがグローバルスマートシティすべてのマテリアリティランキングを壁のエレクトロニックペーパーに出しながら言った。「機会スコアの実現レベルよりも資産還元スコアの設定期限が短くなっているプロジェクトアルゴリズムの調整が原因では?」
「ノースエリアのレジデンツの寿命に対するライフタイム生産性が伸びているのは、60歳以上のギャップがある世代間の文化コミュニケーション効果が高いことがこの前の調査結果の一つだったわけで」このなかではカズアキよりも長寿のレイモンドが、リーやアンドラたちの不満をおさえるように言った。
「ニューロロジカルインジェクションのような脳神経に対する直接的な生化学的措置よりは」
最後にデザイナーのサジが口を開いた。
「多様性をドライブすることが脳を活性化する。それがわかれば、もっと構造的に停滞が進みやすい他のレジデンツエリアにも役立つと判断したのかもしれないですよ」
「まあ、そんなところかしら」マーサは一息置いて言った。
「それではプロジェクトの説明をするわね」