2069年のクォンタムスピン #03
「2069年のエンターテインメントと遺品整理」SF小説で未来のマーケティングを描く③
2020/02/21
前回のあらすじ
2050年にシンギュラリティを迎えた人類社会は、世界統合政府としてのグローバルガバメントがスーパーインテリジェンスAI「プロタゴラス」による社会の管理を進めた。収入こそベーシックインカムで保証されるが、AIに生活全体が管理され移動が許されない人口の98%の人類「レジデンツ」と、わずか人口の2%でありながら17のグローバルスマートシティを移動しながら世界の80%の富を生みだす生産性の高い人類「グローバルホッパー」に2分されている。
2069年、令和が終わって新しい年号・万和21年となった日本は国内唯一のスマートシティであるトーキョーと、その他のレジデンツに分かれた社会となっている。この時代にAIからのレイバー(仕事)を引き受けて「ナッジ(行動経済学で社会にとって好ましい自主的な選択を促す方法)」を促すコネクターであるカズアキは、スマートシティのサンパウロからの依頼でトーキョー特区に向かい、そこでグローバルホッパーであるジオヴァーナに出会う。そこで彼女から聞いたのは、ナッジよりも強力な「スピン」の存在だった。カズアキはノースエリアでのプロジェクトを新たにスタートしたが、突然のブラックアウトで気を失ってしまう。
2050年にシンギュラリティを迎えた人類社会は、世界統合政府としてのグローバルガバメントがスーパーインテリジェンスAI「プロタゴラス」による社会の管理を進めた。収入こそベーシックインカムで保証されるが、AIに生活全体が管理され移動が許されない人口の98%の人類「レジデンツ」と、わずか人口の2%でありながら17のグローバルスマートシティを移動しながら世界の80%の富を生みだす生産性の高い人類「グローバルホッパー」に2分されている。
2069年、令和が終わって新しい年号・万和21年となった日本は国内唯一のスマートシティであるトーキョーと、その他のレジデンツに分かれた社会となっている。この時代にAIからのレイバー(仕事)を引き受けて「ナッジ(行動経済学で社会にとって好ましい自主的な選択を促す方法)」を促すコネクターであるカズアキは、スマートシティのサンパウロからの依頼でトーキョー特区に向かい、そこでグローバルホッパーであるジオヴァーナに出会う。そこで彼女から聞いたのは、ナッジよりも強力な「スピン」の存在だった。カズアキはノースエリアでのプロジェクトを新たにスタートしたが、突然のブラックアウトで気を失ってしまう。
スマートシティのスカイ・コリドーは電動小型ビークル専用
「なんてこった、せっかくこれからCAVUM(カウム)へ行く予定だったのに」
アキラは嘆いた。ひさしぶりにエントリーを許されたスマートシティのトーキョー特区を巡ろうと、スカイ・コリドーをエレクトリックボードでネオシティ・ウェストからイーストエンドまで移動している最中に母親から呼び出しを受けたのだった。
アキラはトーキョーレジデンツのアウトサイドに住む19歳の大学生だ。レジデンツにも遊ぶところはあるが、トーキョー特区は学生のアキラにとって魅力的なエリアだ。「CAVUM(カウム)」はカルチャーラウンジと呼ばれ、特に各スマートシティから集まったホッパーがリアルに訪れる場所で、最新のセンサーエンハンスト(感覚強化)型のエンターテインメントである「ジャム」が体験できる施設である。
かつて大型のホールやスタジアムのような場所で、大人数が同時に体験した音楽ライブなどのイベントは、脳に直結するデバイスと身体と五感に関するニューロサイエンスが発達したお陰で、遠く離れていてもバーチャルで同様の体験ができるようになった。ただ、その一方でリアルな体験は貴重になり、特にスマートシティでリアルに「アーティスト」のホッパーたちと直接交流できる機会は、レジデンツにはほとんどなくなった。その中でCAVUMはトーキョー特区の中では珍しく2050年以降生まれのイプシロン世代に限り、レジデンツの利用を許しているカルチャーラウンジである。
「ジャム」とはアーティストが生で演奏する音楽のライブイベントのようなものだが、センサーエンハンストを使って、ステージで演奏するアーティスト自身の感覚を味わえ、しかも他の観客のセンサーとコネクトすることで、その場にいる全員それぞれと「ジャムしながら」体験を共有できる新しいエンターテインメントになっている。
これを楽しむためにはセンサーエンハンストに慣れていることが条件で、一部の人は感覚の拡張についていけず「センサーエンハンスト酔い」をしてしまう可能性もある(万和以前の脳のコネクションに慣れていない世代は特に酔う)。
アキラがトーキョー特区に来るのは、実に半年ぶりだった。3カ月前の2月2日深夜に国際環境テロリスト「トゥーンべリ」が起こしたEMP障害でトーキョー特区とレジデンツに大きなダメージが発生し、しばらくの間レジデンツたちも移動制限が厳しくなったからだ。トーキョーエリアは、一時期パシフィックエリアのグローバルガバメント軍隊の管理下に置かれていた。
やっと元の生活に戻ったのが最近だが、スマートシティにエントリーを許されるにはレジデンツのソーシャルチップを通したビッディングをする必要がある。自分が希望するアクティビティとエリアの人口密度がAIの予測するグローバルホッパーの滞在密度とうまくマッチングできれば許可が出される。ビッディングは24時間いつでも可能だが、マッチングの連絡はアキラが住むエリアとの距離を鑑みて8時間前と設定されている。今回は2069年の5月7日11時から18時までの7時間に限り、トーキョーのウェストエリアからイーストエリアまでの許可が出たのだった。
アキラはサブブレイン(脳に直結してAIとシームレスに協業するためのスマートデバイス)も使用しているが、大学で勉強しているみたいで嫌なので、授業の時以外はオフにしている。遊びに行くときはリングと呼ばれるヘッドセット型のセンサーエンハンストデバイスを使っている。耳のまわりに輪のようについており、センサー拡張機能によって平衡感覚と視聴覚を強化することができるので、アキラの乗るエレクトリックボードには欠かせない。
エレクトリックボードは、その名の通り電動エンジン付きの走行ボードで、スクーターのようにハンドルのないタイプはリングでセンサーを連携させ平衡感覚をエンハンストするのが常識だ。
過去一部の優れたスケーターが持っていたようなバランス感覚を誰でも持てるようになったのは、人間の感覚能力と脳神経の仕組みがAIによって解明され複製できるからだが、これを可能にしたのは20年前にオリンピックで金メダルを3連続大会で獲得したプロスケーターのおかげらしい。
スカイ・コリドーは、エレクトリックボードやドローンをはじめとする電動小型ビークルが移動するための道路で以前は「首都高」と呼ばれていた。いまや首都高には車の姿はなく、パーソナルエレクトリックボードやスクーター、ひとり乗りのバイクドローンなどの小型の乗り物しか走っていない。自動運転車の専用道路や大型の運輸は地下にあり、大きな騒音や交通事故からも無縁である。地上は人やペットくらいしか歩いておらず、緑が豊かでスペースが広くゆったりしている。
以前はビルには看板やスクリーンがスカイ・コリドーからも見えていたが、今はその外枠や形の痕跡があるだけで現実には何もない。スマートシティでは直接ホッパーの脳にアクセスにして「パーソナルビルボード生成」するプログラマティック広告が一般的なので、わざわざ資源を使って看板を立てる必要がない。
レジデンツにはまだ古くからの屋外広告が残っているエリアもあるので、トーキョー特区がスマートシティながら新しいものと古いものが自然と不釣り合いにミックスしている風景は不思議な感じである。まるで、はるか昔に滅びた文明の遺跡に入り込んでしまったように感じる。
そうやって初夏のトーキョー特区の街並みをぼんやり眺めながらボードで風を気持ちよく感じていたところだったのに・・・。
アキラはまわりを見ながら、ほかの移動者とぶつからないようにUターンした。