海外ニュースから読み解くマーケティング・トレンド #02
「デザイン思考」は、破壊的イノベーションをどうもたらすか【ニューバランス 鈴木健】
デザイン思考の5つの特徴とは
1. デザインとは形ではなく、現実的解決
デザイン思考という言葉は、デザインという言葉がついているせいか、なぜかモダンで芸術的な感性をもとにしたアーティスティックな美しい世界を想像しがちだが、必ずしもそうではない。デザインとは、全体をみる設計思想のことである。物理的な存在にとどまらないが、かと言って抽象的な存在でもない。現実の商品開発やサービスは、過去の方法や社会的分業体制が確立しているせいで、全体を考える、あるいはユーザーや顧客が真に抱えている課題を自社の商品やサービスがどう解決しているのか、見ることが困難になっている。デザイン思考は、そのような従来の枠組みを飛び越えることで、企業中心ではなく、ユーザー中心の課題を現実的に解決することができる。
2. 理想から出発するのではなく、観察から出発する
デザイン思考は、「思考」という言葉が付いているせいか、理念的・理想的・コンセプトといった抽象概念をベースにしていると誤解されやすい。坂井氏は、彼自身のコンセプターの「コンセプト」を「欲望」と言い換えているが、言い得て妙である。彼は有名なマックス・ウェーバーの資本主義生産を支える労働者側の倫理観として禁欲的なプロテスタンティズムに対置して、ヴェルナー・ゾンバルトの「恋愛と贅沢と資本主義」をもとに、消費を求める欲望が資本主義を推進したことを強調する。それはイノベーションを商品生産側やサービス提供側から考えるのではなく、顧客が商品を求める根本的原因から考えるということである。そして、それらの多くは顧客や消費者が生活している中で日々、体験している様々なことがベースになっている。これはデザイン思考がすべて「情報収集」からスタートしている理由であり、単なる市場調査と違って、顧客への純粋な観察から洞察が生まれることを意味する。この理念と観察の対比は、ニューヨークの都市開発における理想主義者であるロバート・モーゼス氏と、優れた観察力と洞察をもったジェイン・ジェイコブズ氏を思い出させる。ル・コルビュジェの田園都市構想を真に受けてハーレムを破壊して、新しい住宅を建て高速道路を拡大したアメリカの都市は、その理想に反して結果的に荒廃したのである。
3. WHATではなくWHYを追求する
クリステンセン氏のジョブ理論は、企業が陥りがちな消費者のデモグラフィック分類に基づく差異や、何を買っているかという商品購買の分類より、その背後にある彼らの真の目的に意味があることを発見した。つまりWHOやWHATよりも、WHYが重要なのである。これは、顧客の性年齢別などの顧客分類や自社商品の購買動向をいくら精緻に分析しても、そこから得られる最適解には限界があるということだ。それよりも、「その商品が、なぜ彼らの問題を解決するか」を考える方が重要である。クリステンセン氏がジョブ(仕事)という言い方をするのは、顧客を中心に、以下の3つの視点を提供するからだ。
① ジョブは始めと終わりが、明確な行動単位であること
② ジョブ前後の顧客の直面する状況や文脈を前提としていること
③ 顧客=雇用主の価値観に基づいて、ジョブの機能的なベネフィットだけでなく社会面、そして感情面でのベネフィットがあること
② ジョブ前後の顧客の直面する状況や文脈を前提としていること
③ 顧客=雇用主の価値観に基づいて、ジョブの機能的なベネフィットだけでなく社会面、そして感情面でのベネフィットがあること
クリステンセン氏のあげるミルクシェイクには、①朝の通勤時間に車を運転し、職場に着くまでに終わり、②40分から1時間の通勤時間中に、朝食の代わりとして車内で手軽に食べられ、③適度にお腹が満たされて通勤中に退屈しない、から採用されるのである。バナナやドーナツは、食べる時間が短すぎたり、手が汚れたりするため、解雇されるのである。
4. 完璧を目指さずに、試しながら改善する
デザイン思考のプロセスは、試作品やベータ版をつくることと同義のような印象がある。Facebookのスローガンのひとつに「終わらせる方が、完璧であるより良い(Done is better than perfect)」がある通り、インターネットを介したソフトウェアサービスは、常に改善を繰り返すことで、より良い製品に近づけるという設計思想を可能にした。デザイン思考は、この考え方を製品開発に取り入れている。ユーザーが試すことのできる試作品を作って、フィードバックをもらいながら、改善をスピードアップさせている。これはファストもしくはラピッドプロトタイピングといわれる手法で、3Dプリンタなどのテクノロジーによって、安価に高速で試作できるようになった。
だが目的は、もちろん試作そのものでない。顧客から有意義なフィードバックを得るために必要なレベルの試作品をつくり試すということだ。そのため、これは考え方を実証するという意味で、「Proof of Concept(概念実証)」や「Proof of Value(価値実証)」と呼ばれる。
5. 中央集権的ではなく、民主的
多くの企業は資源配分の効率性から、意思決定をカスケード式(階段状の滝のように上位組織から下位組織に流れるトップダウン式)に頼っている。つまり中心となるマネジメントがまずあるべき姿を設計し、それを実現する方法を戦略的に構築し、機能ごとに資源配分してボトム層に伝えていくという方法である。しかし、顧客から価値を考え直すというプロセスは、その組織全体の意義を逆方向から見直すということであり、結果的に末端の顧客からボトムアップしていく意義を高めることになる。顧客中心という考え方は当たり前のように聞こえるが、実際は伝統的な組織ほど乖離している。なぜなら歴史的には、生産や分配を最適化するために生まれた大量生産・大量販売のビジネスモデルのバリューチューンとは、真逆のプロセスであるからだ。その意味で、デザイン思考は、顧客中心という考え方を明確化するだけでなく、提供側のステークホルダーが民主的に設計と実施の全体に関わることで、従業員のエンパワーメントや組織の統合を可能にする。そのプロセスそのものが、ビジネスの民主化をもたらすのである。
以上、デザイン思考の持つ特徴と意義を列挙した。テクノロジー企業がマーケティングとエンジニアリングを組み合わせて生み出したグロースハックという考え方と同様、イノベーションを起こす方法なのである。その意味で、デザイン思考は、単なる新しいアイデア創出に留まらず、従来のビジネスの方法さえ変えるのである。
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