「POSSIBLE」現地レポート #03

北米最大級のマーケティングカンファレンス「POSSIBLE(ポッシブル)」で語られたマーケティングの最先端:電通・森直樹氏がスピードレポート

前回の記事:
ロックの神様 ジョン・ボン・ジョヴィが「AI」を語る、POSSIBLEを現地・米国フロリダからレポート【電通 森直樹】
 米国・マイアミで4月15~17日、北米最大級のマーケティング特化型カンファレンス「POSSIBLE(ポッシブル)」が開催された。「マーケティング、コミュニケーション、テクノロジーの未来」をテーマに、世界的に権威と経験のあるトップマーケターら約3500人が集結。公式パートナーには、日本国内で「マーケティングアジェンダ」などのマーケティング領域のカンファレンスを主催しているナノベーションが就任している。

 Agenda noteでは今回、現地で参加していた電通 クリエーティブディレクター ビジネス・トランスフォーメーション・クリエーティブ・センター エクスペリエンスデザイン部部長の森直樹氏に寄稿を依頼。同氏は昨年、初開催されたPOSSIBLEも現地で視察しており、世界最大のテクノロジー見本市である「CES」など、多くの海外カンファレンスに知見を持つ。主催者のクリスチャン・マシュー氏が、AIがつくった彼自身のアバターと対話する意表をついたオープニングで幕を開けた「POSSIBLE 2024」。前半に繰り広げられた多彩なセッションのうち、森氏が特に注目したトピックをピックアップして速報する。

POSSIBLE 2024のオープニング。主催者クリスチャン・マシュー氏が画面越しに話していると思いきや、本物(左)が登場。AIを使った演出
 

「ストーリーテリング」なブランド構築に注目


 2回目となる今年のPOSSIBLEは、昨年に比べると「サンドボックス」と呼ばれる、Googleが進めるサードパーティークッキー規制やそれに伴う代替策に関するプロジェクト、それに生成AIや、リテールメディアに関連したセッションが増えた。広告に限らないストーリーテリングによってブランド価値を伝え、向上していくことの重要性を示唆する内容も多かった。

 現地時間16日の朝に行われたキーノート(基調講演)は、ゲイリー・ヴェイナチャックという連続起業家と、ナイキなどのデジタルマーケティングのヘッドを務めたスワン・シットが登壇。飽和状態のマーケットから脱却するためには、伝統的な広告手法だけでなく、デジタルとソーシャル空間を活用したコミュニケーションによって消費者を引きつけるべきだと強調した。

 大企業はソーシャルメディアのオーガニック(有料広告を使わず自然発生的)な活用について、まだまだ過小評価している。しかし、ソーシャルメディアを使って企業のクリエイティビティを消費者に到達させることが、ブランドアイデンテティを形成する上で、これまで以上に主要な役割を果たしていく。そのため、アセスメント(評価)のあり方も、伝統的な広告に基づいた指標から、いかにソーシャル空間でユーザーとのエンゲージメントを深めていくかへとシフトしていく必要があり、ブランドのナラティブ(物語)を、広告活動だけではないストーリーテリングによって満たしていくことが必要だという対話だった。

 広告関連で言えば、InstagramやTikTok、YouTubeといったソーシャルメディアは、コンテンツへのユーザーのリーチを一晩にして変える力、潜在価値を持っている。ブランドはここに敏感に対応する必要があり、従来分離していたメディアの購入と、クリエイティブの開発は、双方を連動させることがデジタル時代のマーケティング効果を向上させると指摘していたのが印象的だった。
  
POSSIBLE 2024 で積極的にネットワーキングする参加者たち(ナノベーション提供)

 別のセッションで興味深かったのがGE(ゼネラル・エレクトリック)のリンダ・ボフCMOのキーノートだ。GEはこのほど3社に分離したが、このタイミングでマーケティング戦略も大きく転換させた。企業メッセージに一貫性を持たせ、事業戦略とマーケティング戦略の統合を強化しているとのことだった。

 具体的には、マーケティング戦略は単に顧客を獲得するだけでなく、インパクトのある印象を与えることを優先する。GEが持つ長い歴史と、先進的なアプローチとの両方を強調しながら、新たな歴史の幕開けを魅力的に伝えるためにクリエイティブなメディアを活用しているそうだ。たとえば自社プラットフォームやInstagramなどのソーシャルメディアのほか、ニューヨークタイムズやハリウッドとも連携し、生活者に対してエデュケーショナルなコンテンツを発信して引きつけようとしている。BtoB企業ではあっても、プロダクトやテクノロジーの宣伝だけでなく、業界の革新をリードしていく存在という価値を、ストーリーテリングによって発信する。それが新しいマーケティングとブランディング戦略だと語っていた。
  
マイアミビーチを走る朝レクに集まったPOSSIBLE 2024参加者たち(同)

 コロナ禍で最も成長した企業の一つとされる米大手流通企業ターゲットを中心とする「リテールメディア」に関するパネルディスカッションも注目に値した。リテールメディア・ネットワークは、ブランドと消費者とをつなぐ重要なプラットフォームとして、認知されつつある。ビジネスを持続的に成長させるには顧客ロイヤルティが重要だが、ターゲットが実施するロイヤルティプログラムは、消費者の価値基準に応えていくものへと進化してきた。つまり、消費者データを活用して個々人と関連性の高いコンテンツを提供するリテールメディアが、消費者のロイヤルティーと満足度を高めることに機能しており、オポチュニティー(好機)を高める可能性を持っているということだ。リテールメディア・ネットワークとロイヤルティプログラムを統合し、高度なデータ分析と生成AIなどの活用によって、パーソナライズ化された体験を提供するとともに消費者と様々なつながりを持っていけるという内容だった。

 最後に紹介したいのが、キャンベルスープと米スーパーマーケットチェーンのクローガーが登壇したセッション。CMOとCFO(最高財務責任者)との「ROI(投資収益率)におけるMisalignment(位置づれ)」を解消し、協力していくことの重要性を指摘するものだった。

 クローガーのマーケティング戦略は、新規顧客獲得と既存顧客の買い物頻度を高めていくとともに、株主利益の向上もKPI化して目標としているという。短期的に売上を伸ばすパフォーマンスマーケティングと、長期的な企業価値を上げるブランドマーケティングは従来、一線を画すものと考えられてきたけれど、より統合的なアプローチにより、リードを取りに行くのとビジネス全体の成長を交差させていく。そのためにCMOとCFOの協力が不可欠であるとの主張だった。

 この統合的なアプローチの効果は、測定が可能になっており、ブランドの好感度とエンゲージメント、そして購買は接続しているということがデータによって示されたとのこと。つまり、ブランドはCFO的な長期の目線で認知度の維持向上を継続的に行うことが、CMOが目指す売上の向上にもつながるということだった。

 後半の注目セッションは後編でお伝えする。
 
森 直樹 氏
電通 ビジネストランスフォーメーション・クリエーティブセンター エクスペリエンス・デザイン部長/クリエーティブディレクターJAAデジタルマーケティング研究機構 幹事(モバイル委員長)

 光学機器のマーケティング、市場調査会社、ネット系ベンチャーなど経て2009年電通入社。前職では、TUTAYA モールのプロデューサー、マクロミル社とソネットエムスリー社との共同事業立ち上げなど従事。電通入社後は、デジタル&テクノロジーを活用したソリューション開発に従事し、ARアプリ、イベント✕Technologyの推進。近年は、デジタル&テクノロジーによる事業およびイノベーション支援、経営や事業戦略に基づくUI・UXデザインや、ネット事業モデルによる事業革新の支援プロジェクトに取り組む。 米デザインファームであるFrog社との業務提携を主導。著書に「モバイルシフト」(アスキー・メディアワークス、共著)など。ADFEST (INTERACTIVE Silver他)、Spikes Asia (PR/Grand Prix)、カンヌ(Finalist)、グッドデザイン賞など受賞。ad:tech Tokyo 公式スピーカー他、宣伝会議、日経、NewsPicksなどへの寄稿・講演多数。

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