私は長年、多くの広告コミュニケーションの海外事例を紹介、その分析に努めているのですが、この連載では、いつもとはある意味では逆に、まず日本の話題作に目を向けて解説し、そのうえで、その意図や施策の在り方が、海外のどんな潮流と関連しているのかについて考えて行こうと思います。今回は、その第60回です。
「やっぱりクルマはグッッッッッとこないと」と気分の言葉を重ねるのだが、何をもって“グッッッッッと”くるのかは残念ながら示されていない。
「やっちゃえNISSAN」が日産自動車のブランドメッセージとして使われ始めたのは、2015年のことでした。初代のタレントはロックミュージシャンの永ちゃん(矢沢永吉氏)。当時の日産自動車の解説によれば、このフレーズは「自分の信じる道に、勇気をもって踏み出そうという問いかけ」で、永ちゃんが常に挑み続けて来た人生と「挑み続ける日産自動車の姿勢」を重ね合わせたものだったといいます。
カルロス・ゴーン氏が日産の社長を退任するのは2017年3月なので、この時期はまだゴーン社長と日産自動車の勢いが感じられる頃でした。
僕はこのテレビCMを好感をもって眺めていて、当時の日産自動車に感じていた漠然とした期待感とともに、永ちゃんが発する「やっちゃえNISSAN」というコピーもかなり好きなものの一つでした。
そして、テストコースで自動運転の試乗車両に乗った永ちゃんが運転中にハンドルから両手を放すシーンは、当時としては充分にインパクトが大きく、「やっちゃえNISSAN」というコミュニケーションに真実味を与える“ファクト”として機能していたと思います。
この“やっちゃえNISSAN”は、その後キムタク(木村拓哉氏)の起用なども経て、2025年4月からは俳優の鈴木亮平氏を起用して新しいバージョンが始まりました。
※木村拓哉氏の起用について触れた過去の記事はこちら

「心にグッッッッッっとくるクルマ」篇では、「クルマってワクワクしなきゃ」「なんか うおおお! ってなって」「イエーー!! ってなって」「でもって ビューーーン ってなって」「ドキッ!ってなって」「心に グッッッッッってくる感じ」とエモーショナルな表現が続き、そこに真実味を与えるであろう“ファクト(性能)”には一切触れられていません。
日産自動車「心にグッッッッッっとくるクルマ」篇
観ているほうは、日産自動車のクルマに乗ると、何をもってワクワクしたりグッッッッッとくるのかが皆目分からず、正直、感情移入ができません。
別バージョンの「クルマが変える毎日」篇では、「電気自動車が頼れる防災ツールに」「新塗料で車内5℃マイナスに」「ハンズフリーでストレスフリーに」という3つのファクトらしきものが並べられていますが、2015年の永ちゃんの手放し運転のように、“やっちゃえ“に真実味を与え得るインパクトのあるファクトにはなり得ていません。
僕自身の想像では、これはテレビCMの直接の作り手のせいではなく、日産自動車の経営の混乱が表れているような気がしています。経営悪化が大々的に伝えられている中で、誰もが納得してしまうような技術的なファクトもない中では、“やっちゃえNISSAN”という広告コミュニケーションを一時期でも取り止めるほうが、賢明な経営判断ではないでしょうか?
2025年4月に始まった“やっちゃえNISSAN”の新しい広告コミュニケーションは、こちらで見ることができる。