知識をスキルにするために
中村 では、次にいきましょう。テーマは「マーケティングの知識とスキル」です。理想じゃないマーケターが「知識はある」で、理想のマーケターが「スキルがある」ですね。これはどういう意味でしょうか。
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出口 皆さんも日頃から、このようなカンファレンスやセミナーに出たり、読書をしたりして知識をインプットしていると思います。
昔、私の部下に非常に優秀な若手マーケターがいました。さらに成長させようと思い、トレーニングに参加してもらったのです。トレーニングを終えて戻ってきた彼は「マーケティングのことをすごく理解できました」と自信満々に言うわけです。
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そこで私は「良かったね。では、新製品のコンセプトを書いてみようか」と新しい仕事をお願いしたのですが、上がってきたコンセプトの消費者インサイトがパッとしなかったんです。そこで私は「どうしたの? トレーニングで学んできたんじゃなかったの?」と言ったときに、私もハッと気づきました。
ちなみに、皆さんはインサイトの定義をご存知でしょうか。
中村 インサイトの定義は、人によっても違うので難しいですが、書籍に書いてあることを暗記するのではなく、実務や実践を通して自分の言葉で説明できるようにしたいですよね。私がよく使うインサイトの定義は「肌感」です。
たとえば、普段から一緒に暮らしている奥さんの趣味嗜好はなんとなくわかりますよね。その人に直接、聞いたわけではないけれど、ある程度の予測がつく状態。そういう「肌感」があって、予測力がある状態のことを「インサイトがある」と定義しています。
出口 私もその理解に近いです。インサイトは消費者が言語化していない状況の隠れたニーズをマーケターが言葉で表現することですよね。
たとえば飲料の例を紹介しましょう。お客様に「なぜ甘い飲料を飲まないのですか?」と聞くと、「砂糖が入っていて太ります。」と答えてきます。それをそのままコンセプトに「砂糖が入っている飲料は太りそうでイヤですよね」とは書いてはいけないんです。本当のインサイトは「いつもはいらないのですが、ここぞと気合を入れるタイミングでは、エネルギー源として甘いものが必要になりますよね」です。
仮にインサイトの定義を言えたとしても、その本質がわかっていないと、消費者リサーチで消費者が言っている言葉をそのままのコンセプトに書いてしまうんです。さきほどお話した私の部下も同じです。
中村 インサイトについての知識はあるわけですよね。でも、その知識を使えない…。
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出口 そうなんですよ。では、どうすればいいか。それは知識を身に着けた上で、何十時間も自己否定しながら、何度も繰り返してコンセプトを書いてみることです。
その上で、上司や先輩、同期にみせて否定してもらうのがオススメです。同期のほうが率直で辛辣なフィードバックをくれたりします。もうその日は立てないくらいに落ち込むかもしれません。でも、それを繰り返すことで、はじめて知識が「スキル」になるんです。
中村 実践してようやく血肉になるわけですね。そして、知識をスキルにするためには傷つく勇気も必要だと学びました。
※後編 「泥臭いけど楽しい」元P&G出口昌克氏が語る、理想のマーケターへのマインドセット【ライジングキャンプ 2024レポート】 へ続く