今年の受賞作品の傾向は?公式セッションで中心的に議論されていたテーマ・トピックは?事業会社やブランド、マーケターにとっての気づき・学びは?ーーアジェンダノートでは、カンヌライオンズ2025を様々な切り口で、さまざまな関係者と振り返っていく。

 今回の寄稿者は、住友商事でメディア・デジタル事業に携わる、世一麻恵(よいち・まえ)氏。カンヌライオンズの会期中に行われる30歳以下の若手クリエイターを対象とするコンペティション「ヤング・ライオンズ・コンペティション(ヤングカンヌ)」に、デジタル部門の日本代表として出場した。

 一般的に、エージェンシーやプロダクションに所属するクリエイターが参加するイメージが強いヤングカンヌ。今回、いわゆる“クリエイター”ではない世一氏が、見事に国内予選を勝ち抜き、カンヌの地で本戦に臨んだことで、見えた景色とは。若手ビジネスパーソンのヤングカンヌ挑戦の軌跡を、前後編に分けて振り返る。
 

なぜ、総合商社の社員がカンヌに?


「クリエイティブのオリンピックだよ」

 そう紹介されることも多い、世界最大級のクリエイティビティの祭典・カンヌライオンズ。ヤングカンヌは、その中で実施される若手向けの国際コンペティションです。各国予選を勝ち抜いた代表が南仏カンヌに集い、わずか24~48時間という制限時間のなかで、実在の課題に対するアイデアを企画し、その完成度を競います。スピード、独創性、グローバル視点など、多角的な観点から審査されるこの場は、若手にとってまさに実力勝負の登竜門です。

 2025年のヤングカンヌには、日本から6部門12人が出場。全体では約70ヵ国から400人以上が参加し、現地時間6月16日~21日にかけてコンペティションが実施されました。
 
住友商事株式会社
メディア・デジタルグループ
世一 麻恵 氏

▶︎1999 年生まれ(26 歳)、東京都出身。早稲田大学在学期間においては、学生ショーケース・ライブイベントの企画演出等に携わる。
▶︎2021 年、住友商事株式会社に入社。現代アート・スタートアップ事業投資・メディア・企画・アニメ等、コンテンツ領域における新規事業開発を担当。(2021-2023 現メディアコマースユニット、2023-2025 メディアコンテンツユニット、2025-メディアデジタルグループCFOオフィス企画戦略チーム)
▶︎2024 年、ヤングカンヌ(カンヌライオンズ U-30 部門)において、総合商社社員として初の日本代表選出。2025 年、フランス・カンヌにて、世界本戦に出場。

 はじめまして。2025年ヤングカンヌ・デジタル部門日本代表の世一(よいち)と申します。普段は住友商事という総合商社に勤務しています。

 ヤングカンヌについて最も多くいただく質問は、やはり「総合商社の人がなぜカンヌに?」というもの。商社と聞くと、「貿易」や「インフラ」といった重厚長大なイメージを持たれる方が多いからかもしれません。

 実は住友商事は、メディア・デジタルなどの分野にも注力しており、私自身も新卒入社以来、EC、マスメディア、アニメ、アート、スタートアップなど、多岐にわたる領域に携わってきました。
 
参考:カンヌでの本戦前のインタビュー
ビジネスパーソンこそカンヌライオンズに学ぶべき 
ーヤングカンヌ日本代表に住友商事の社員が挑戦する理由
https://agenda-note.com/global/detail/id=6589

 また、個人的に昔からクリエイターの知人が多く、SNSでは毎年のようにカンヌ関連の投稿を目にしていた影響も大きいと思います。実務でデジタルマーケティング領域に携わったこともありますし、大学時代から友人と映像やデザインをつくるなどクリエイティブには馴染みが深かったこともあり、純粋な興味と好奇心で飛び込んだのが始まりです。

 今思えば無邪気で猪突猛進なチャレンジでしたが、温かく背中を押してくださった関係者の皆さまには感謝ばかりです。
 

ヤングカンヌの勝ち筋は、カンヌライオンズの文脈を把握すること


 ヤングカンヌでは何をもって日本一や世界一の若手クリエイターが決まるのでしょうか。

 ヤングカンヌの正式名称はYoung Lions Competition(ヤング・ライオンズ・コンペティション)。その名の通り、「Competition:競技」としてカンヌライオンズ内に設置されたプログラムです。部門ごとに数人~10人の審査員がおり、一定の評価基準に基づいて受賞者が選ばれます。

 着目すべきは、その評価基準には、業界・アワードのカルチャーを含む不文律や、感覚的な部分も多いという点です。「クリエイティブ」という抽象的な概念を3次元的と捉えるならば、ヤングカンヌで評価されるクリエイティブは「特定の切り口にある2次元」というイメージでしょうか。過去の受賞作を見ても、その多くは一貫した文脈の上にあり、どの国のチームが制作したのかすらパッと見では判別がつかないくらいです。

 ヤングカンヌでの勝ち筋とは、単に面白いアイデアを出すことではなく、「カンヌライオンズという一つの文脈のなかで、最も評価基準に合致するアウトプットを創出すること」です。この視点は、ヤングカンヌだけでなく、カンヌライオンズの一般部門(通称:大人カンヌ)を分析する際にも役立ちます。よろしければ参考にしてみてください。
 

カンヌライオンズ(大人カンヌ)のカテゴリ一覧。審査基準ごとに細かく部門が分かれています。
 

国内予選突破! 提出作品112作品から選ばれたアイデアとは?


 ヤングカンヌ本戦に出場するためには、まずは各国で開催される予選会で優勝する必要があります。日本では2024年10~12月、6部門(デジタル・プリント・フィルム・デザイン・メディア・PR)の予選会が開催されました。

 課題は全部門共通で「クリエイティビティを活用した、難民問題の認知・支援拡大」。部門ごとに提案要件が異なり、デジタル部門においては、デジタルプラットフォーム・メディア、テクノロジー、エンターテインメント等を活用したソリューションの提案が求められました。
  
ヤングカンヌ国内予選会の課題。クライアントはUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)。

 私たちが提出したアイデアは、「地球の反対側でも同時に繋がれるデジタルサービスで、難民の雇用を生み出す」というもの。グローバル人材プラットフォーム「LinkedIn」を活用した施策で、「日常生活で難民との接点をつくれば、おのずと認知度は上がり、一緒に仕事を成功させれば仲間意識が芽生える」という考え方で企画を組み上げました。起業家の友人が、地球の反対側のエンジニアと二人三脚でサービスを立ち上げたエピソードにも着想を得ています。

 キャンペーンというよりは事業案に近い提案で、能動的に人が集まる新たな枠組みであること、ポジティブな認知拡大が見込める点が評価されました。
 
参考:課題の詳細はこちら
参考:国内予選の結果・講評はこちら
      (2025年12月以降、内容差し替えの可能性あり)

※編集部注 ヤングカンヌ国内予選の提出作品数は、デジタル部門 112点、メディア部門 146点、フィルム部門 61点、PR部門 212点、デザイン部門 53点、プリント部門 146点。

 ちなみに、ヤングカンヌには上記に挙げた6部門のほか、「Marketers(マーケターズ)」という事業会社のマーケター向けの部門が存在します。日本にはまだ出場権がない部門ですが、いつか日本のマーケターがカンヌライオンズに出場する日が来たら嬉しいですね。

 日本予選での優勝が決まってから、カンヌ本戦までは約半年。仕事と並行しながらの準備なのでほぼ週末返上でしたが、限られた時間の中で、できる限りのトレーニングを積み重ねていきました。

 たとえば、本戦に近い状況を再現するため、練習場所に選んだのは渋谷・MIYASHITA PARKのフードコートと、羽田空港国際線の出発ロビー。隣の席のおしゃべりが盛り上がっていたり、フライトの出発アナウンスが流れていたりするややカオスな環境の中で、制限時間内にアウトプットをまとめる練習を重ねました。

 模擬課題をつくるうえで活躍したのは、ChatGPTです。過去の課題や今の社会情勢をもとに、「今年出題されそう」な課題を考えてもらいました。また、ヤングカンヌ強豪国の予選課題を調べ、それを解いて各国のゴールド作品と見比べるという練習も、とても勉強になりました。
 

羽田空港にて。練習場所は画面中央のデスクスペース。