マーケティングの現場から考える「5年後の実際」 #04

テクノロジー先行か、課題先行か。優秀な店舗スタッフの「AI化」が頓挫した理由から見えたこと

前回の記事:
誤解や議論も多い「CRM」 AI時代に相応しい価値とは何か【LIFULL 菅野勇太】

優秀なアドバイザーをAIで再現できるか?


 我々が最初にしなければならなかったのは、事実を受け止めることだった。

 究極のOne to Oneマーケティングを目指して前回辿り着いたイシューは、「優秀なアドバイザーをAIで再現することで、双方向コミュニケーションの自動化を実現できるか?」というものだった。

 当社ではリアル店舗『LIFULL HOME'S 住まいの窓口』を中心に電話やチャットも含めた有人相談サービスを運営し、お客さまに対して、LIFULLのアドバイザー(店舗スタッフやチャットオペレーター)が住まいに関するアドバイスをしている。そのアドバイザーが提供しているサービスをテクノロジーで再現したいと考えたわけだ。
 
LIFULL HOME'S 住まいの窓口

 しかし、テキストや音声の対話ログをもとに、優秀なアドバイザーをAIに置き換えるという発想はすぐに破綻した。

 「優秀さ」を示すデータを定量化できないことが主な理由だ。特に、対面接客業では共通するものがあると思うが、当社のアドバイザーにも「占い師」のような能力が備わっていた。それは、お客さまの声のトーンや間の置き方、言葉のチョイス、対面であれば表情や目線、しぐさなどを手がかりにしてリアルタイムに心情を察し、お客さまがどのような決断を下すかを予測する能力だ。

 目の前のお客さまの近未来のビジョンが解像度高く見えている。その能力は、雲をつかむようなもので、アドバイザー本人さえも自覚していない場合が多いため、言語化・変数化することは極めて難しい。

 それは、データをどのような指針で管理するか、という問題も同時に孕んでいた。日々の対話ログをどう管理するか、その目的や最終的に生み出したい価値の定義が出来ず、「AIが後で使うからとりあえず貯めておく」という、手段の目的化を進めてしまっていた。

 フタを開けてみると、それはデータと呼べるものではなかった。いつ、だれが、どうやって対話のクロージングをしたのか。それは、なぜその結果になったのか。それらを導き出すためのデータの事後の整形作業には膨大な時間がかかるという見積りが出てしまっていたし、重要な意味を持つプロセス(例えば、お客さまの意志決定)を示すデータがスタンプなどの画像でやり取りされる場合があるなど、整形後に何が欠損しているか初めて分かるような状態だった。



データを定量化できない要素のひとつとして、「人」であることのバイアスもある。対話の相手が「人」という時点でユーザー側の意志決定は強く影響を受ける。しかも、自分と相性がいい性格かどうかなど、パーソナリティの違いによって、たとえ同じ提案をしたとしても結果は違ってくる。

住まいという人生に何度とない大きな買い物さえも、いや、だからこそ合理性だけではない、感情面も大きな要素となって意思決定するユーザーがあまりに多い。人を動かすのは人の感情、それも個人的な感情への共感が熱となりうねりとなる。

誰もがすぐに思いつくような発想では上手くいかない。挫折だった。そのアプローチではない。

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