新・企業研究 #08

デジタルマーケティングに天動説から地動説に変わる大変化が起きている【新生・電通デジタルの挑戦】

前回の記事:
【新生・電通デジタル誕生】電通デジタルと電通アイソバーが合併、日本最大級のデジタルマーケティング会社が描く未来
電通デジタルは、2016年に電通のデジタルマーケティング支援組織、デジタル広告運用のネクステッジ電通、CRMマーケティングの電通イーマーケティングワンが統合して誕生して以来、デジタルマーケティング領域で強い存在感を放っている。そして、その電通デジタルが2021年7月、グローバルで事業展開する電通アイソバーと合併し、設立5年で2000人規模の組織まで拡大している。

日本を代表するデジタルマーケティング会社である電通デジタルが今後どのような展望を描いているのか、そして合併の背景にあるマーケティング環境の変化についてどう考えているのか、同社 副社長執行役員を務める杉浦友彦氏と小林大介氏に2回にわたって詳しく話を聞いた後編。(前編はこちら
 

テレビCMもリアル購買もデータ化、「デジタル」がマーケティングの中心に


―― 前回、クライアント側の課題や業界の環境の2つの変化のひとつ目として、個人情報保護の傾向からデータやシステム統合の動きが変わっていることをお聞きしました。2つ目の変化は、どういったことがあるのでしょうか。

杉浦 もうひとつの大きな地殻変動は、「購買のデジタル化」です。我々は「コマース」という事業ドメインで注力している領域になります。コマースには、大きく分けると「Eコマース」と「リアル購買のデジタル化、いわゆるキャッシュレス決済」という2つの世界があり、それぞれに変化が起きています。



 Eコマースに着目すると、その中でも大きく2つの変化があり、ひとつはポイントを中心としたプラットフォーマーごとの「経済圏」が形成され、ウォールド・ガーデン(消費者の情報を1社で管理し、他社に対して防護する動き)化されていく時代において、Amazonや楽天、ヤフーといったモール系のECがより強さを増しているということです。

 もうひとつは、自社ECサイトを開設してD2Cができる環境をつくるという動きで、今までいわゆる流通経由でモノを売っていた企業が、直接お客さまとつながるために新しいブランドをつくるといった流れになっています。

 リアルな購買の世界では、キャッシュレスの波がここ2年ほどで一気に押し寄せ、PayPayや楽天ペイ、dポイントなどに代表されるように、購買行動自体がデジタル化しています。これによって、リアル世界での購買も顧客個人のIDに紐づけられるようになり、少なくともそれぞれの経済圏に閉じた世界の中では、「誰が、いつ、何を購入しているか」が分かるようになってきました。

――お話しいただいた2つの変化は、杉浦さんが過去20年ほどマーケティングに携わってきた中で、どのくらいの大きさのものですか。

杉浦 2002年頃に、運用型広告というカテゴリーが出てきたときも、少なくともデジタル広告業界の流れがガラっと変わりましたが、それに匹敵するかもしれません。もはやデジタル広告だけの世界ではなく、マーケティング業界全体の大きな節目になるかと思います。

 いわば、リアルの購買の多くが広告接触ログとIDに紐づいて全数で把握でき、その結果に応じてマーケティングのPDCAを回せる世界が、今訪れようとしています。

 過去50年ぐらいの広告プランニングは、ターゲットのニーズを調査ベースで把握して、インサイトを掘り下げて分析し、まずテレビCMの企画が決まり、続いてデジタルの施策や販促施策を詰めていく、というプロセスが主流でした。ある種のファネルの上から下に、輪切りでプランを固めていく、というイメージでしょうか。

 一方で、各種の購買データが全数に近い形で捕捉できるようになると、自社商品や競合商品を買っている人がどんな属性なのか、普段どんな情報収集や購買行動をしているか等を、より生々しいインサイトとして把握し、狙いたいセグメントに対してデジタル上で直接アプローチしたり、プラットフォーマーが保有する膨大なデータをもとにAIで類似ターゲットを特定してコミュニケーションを最適化していくようなアプローチが主流になると考えています。

 膨大に蓄積される購買データを起点に、ファネルの「下から上に」、ファネルを「輪切り」にするのではなく、IDデータで「串刺し」にするようにマーケティングのプロセスを管理するイメージですね。

 この「上から下・輪切りモデル」と、「下から上・串刺しモデル」は、マーケティングコミュニケーションのプランニングにおいては、天動説と地動説くらいのパラダイム転換だと私は考えています。

 もちろん、上記の世界観は、各プラットフォーマーや購買データプレイヤー毎に、すべてユーザーからデータ利用の許諾が取れている範囲で、統計情報としての活用から、ターゲティング配信をして一人一人のオファーを最適化するアプローチまで、プライバシーには十分に配慮した形でのデータ利活用になりますが、この進化は不可逆なものだと考えています。

――一方で、マーケティング予算全体で言えば、まだまだテレビの予算が大きい印象もありますが、そのあたりの変化はどうでしょうか?

 テレビもインターネットへの結線率が5割程度と言われますが、視聴ログデータと購買データが一部では紐づいて統計情報として活用可能な形になっています。テレビCMに何回当たった結果、購買にどうつながるのかまで、十分なデータ量をもって、精緻に効果検証できる世界になってきているのです。

 このように、各プラットフォームで広告効果が目に見える世界になってきているので、テレビも含めて「購買起点」でPDCAを回せることが、今までと違うクリティカルな変化だと考えています。

 我々もそのケイパビリティを備えなければならず、今までのようにクリックベースのCPA(獲得単価)中心、あるいは認知獲得目的のブランディング中心ではやっていけないという危機感が生まれています。今はまだ一部のクライアントの変化ですが、向こう3年で全体の傾向になっていくでしょう。

―― デジタルをハブにして顧客と直接繋がれたり、さまざまな指標が追えることで、クライアント側にとっても、マーケティングのKPIが変化してきているんですね。



杉浦 そうですね。実際に組織や事業のKPIを変えることはすごく難しいのですが、結局はクライアントのトップマネジメントが、デジタルがもたらす劇的な環境変化に危機感を持ち、新しい組織の在り方やマーケティングのKPIの在り方、システム基盤のつくり直しをしなければならないという意志を強く持ったところから変革がスタートしている印象です。我々も、そこからお手伝いをさせていただいています。

 電通グループ自体も、そういった「購買のデジタル化」の環境変化に対応できるよう組織を進化させています。たとえば、今までリアル流通での販促は電通テックの領域でしたが、電通デジタルに電通テックから販促やLINEを活用したOMO(Online Merges with Offline)に知見が深いメンバーが10人ほど出向して協業を強化し、新たに「デジタル販促部」が誕生しました。

 デジタル販促部自体は30人ほどのチームですが、Eコマースの組織も含めればコマース事業は120人体制になります。コマースの領域でクライアントを先回りする形で、きちんとサービスを提供できるようにしています。

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